ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

国連からのメッセージ 

 

ヨーロッパの国を中心に、LGBTの権利が認められるようなニュースが入ってきたりする、ドイツで同性婚が認められたりとか。日本でも自治体レベルでLGBT問題に取り組んでいるところも出てきた。

アメリカ合衆国からは、保守の流れ、その流れへの反発という、どこか分断というか、混沌としたものを感じたりする、日本も昔に比べたら進んできているのかな・・・などと思ったりしていたのだが、それは僕だけではなく、多くの人の感想かもしれないけれど、そんなこともないのかなぁ・・・と。

日本では同性愛というだけでは違法にはならない。権利もないけれど、処罰もないですよ・・・みたいな?

世界の72か国の国では、同性愛というだけで違法とされるのだそうだ。そのうちの7か国では、同性愛ということが発覚すると、死刑になるのだそうだ。

「別に権利なんていいじゃない?投獄されたり死刑になるわけじゃないんでしょ?」日本の感覚なのだろうか?

国連人権理事会というところが、同性愛というだけで、処罰がある、死刑になる、これは人権侵害なのではないか、人が人として普通に生きたい、それが可能にならないというのは、人権の侵害なのではないか、そのような国に国連として抗議しましょう・・・という案を出した。

理事国47か国のうち、「そうですね。人権侵害です。国連として抗議しましょう」と案に賛成した国は27か国。棄権が7か国。「抗議するのは反対」という国が13か国。

この13か国は「LGBTというだけで死刑に処される、それは別に人権侵害にはならない」と判断したのだろうか?

ちなみに「抗議には反対」という反対票を投じたのは以下の国々・・・

ボツワナ
ブルンジ
エジプト
エチオピア
バングラデシュ
中国
インド
イラク
日本
カタール
サウジアラビア
アラブ首長国連邦
アメリカ合衆国

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Dance With My Father 

 

ルカがマッテオさんの葬儀で歌ったのがルーサー・ヴァンドロスの「Dance With My Father」という曲。この曲の収録された同名のアルバムはルーサー・ヴァンドロスの遺作となった。ボーカル入れをした後、彼は脳卒中で倒れてしまった。誰もが復帰を願ったそうだが、ルーサー・ヴァンドロスは2年後に54歳という若さで亡くなってしまった。この時、アメリカの音楽界に衝撃が走り、深い哀しみに包まれたという。

このアルバムは初登場でチャートの1位となったらしい。ルーサー自身の父親は、彼が8歳の時に亡くなっているのだそうだ。

ルカは「Dance With My Father」の歌詞に惹かれてこの歌を歌ったのだと思う。


「Dance With My Father」

僕が子どもだった頃、純真さを失ってしまう前のこと。父は僕を高く持ち上げてくれた。父は母や僕と一緒にダンスを踊ってくれたんだ。父は僕が寝付くまで、あやしてくれて、そして2階の寝室に連れていってくれた。その時僕は確信したんだ。僕は愛されているって・・・

もう一度チャンスがあるなら、父と踊ってみたい。僕は決して終わることのない歌をかけよう。どんなに僕が父と踊ってみたいと思っているか。

母の言いつけに納得できない時、僕は父に助けを求めた。父は僕を笑わせて、慰めてくれた。でも、最後は母の言いつけたことを僕にやらせてしまったものだ。そんな夜、父は枕元にそっと1ドル札を忍ばせてくれた。その父がいなくなるなんて、夢にも思わなかった。

最後にもう一度父をどこからか見ることができるのなら、最後のダンスを一緒に踊れるのなら、僕は決して終わることのない歌をかけよう。僕はもう一度、どうしても父と一緒にダンスを踊りたいから。

時々、母が父を思い出してすすり泣いているのを知っている。自分のためじゃなく、そんな母のために祈った。

無理なお祈りだったかな?「母が唯一愛した人を、もう一度生き返らせて」というお祈りだから。神様はそんなことは普通してくれないってことも分かっている。でも、母はすごく父ともう一度ダンスを踊りたいんだ。

僕が寝る時、これが僕の夢見る夢なんだ・・・




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CDのカテゴライズ 

 

CDショップ、あるいはネットでCDを購入する際、音楽ジャンルのカテゴライズというものは必要なのだろうか?全くジャンルがないとなると、それはそれで困るのは想像できるが、例えば、僕だったら「ブラックコンテンポラリー」とか「R&B」というジャンルに仕分けされていたら、その棚は素通りしてしまうと思う。

偏見なのだと思う。ブラックコンテンポラリー=ダンサブル、バラードでも「アー」とか「ウー」とかメロディーの原型を留めないほどヴァリアンテ、装飾が多く、どこかジャズのアドリブのような、やたらアンニュイ感を漂わせて・・・これは偏見だろう。知識不足でもある。

でもクラシックとカテゴライズされただけで素通りしてしまう人も多いらしいのが現実だ。せめて「コテコテジャズ」とか「コテコテR&B」「コテコテクラシック」みたいな表示と「えっ?これもジャズ?」「えっ?これもクラシック?」のような表示があれば、そのジャンルが苦手という人でも、ちょっと「手に取ってみようかな?」ぐらいの気持ちにはなるのではないだろうか?

実際には、それは不可能だと想像する。むろん、いわゆる入門編のような音楽として紹介されるような音楽もクラシックにあるけれど、本当にクラシック嫌い(?)の人が聴いて、「へぇ、クラシックもなかなかいいじゃない?」と思うかどうかは疑問だ。別に教養というか、曲当てクイズに参加するわけでもないのだ。有名曲をただ知りたいという人はそう多くはないと思う。聴き手の好み、感性の個人差が大きいし、演奏の質によっても聴き手の印象は大きく変化するだろう。

ベートーヴェンの後期のピアノ・ソナタ、例えばOp.110。「嘆きの歌」の箇所で感銘を受ける人もいれば、「ひたすら長いんですけど?」という印象を持つ人だっているだろう。

ルーサー・ヴァンドロスのアルバム「SONGS]でシングルとして大ヒットしたのがこの曲。グラミー賞も受賞しているらしい。でもポップス部門での受賞みたいだ。どう聴いても、このデュエットはポップスに聴こえてくる。でもルーサー・ヴァンドロスのアルバムはR&Bとかブラックコンテンポラリーという場所で売られている。僕は素通りしてしまうだろう。せめて「えっ?R&B?」とか「ポップスファンにもお勧め」みたいな案内があればいいのだが・・・

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シルクの声 

 

岸本葉子の「二人の親を見送って」(中央公論新社)という本を読む。なんとなく読む気がしなくて長い間積んでいた本だ。読む気がしなかったのは、他人事ではないから。そのような年齢に自分もなっているから。深刻な本ではなく、エッセイ。語り口も、いつもの著者と同じだ。だからこそ、身辺に、日常に「親を見送る」ということ、場合によっては介護をするということが別に特別なことではなく、それが日常的に存在するのだ、それが普通なのだ・・・などと思い知らされる。

最近、友人のルカが父親を見送った。家族に囲まれ笑顔で逝ったということだ。ミラノとソレント、それこそ北と南だから、ルカも大変だっただろうと想像する。

ルカの父親、何日か前に書いた文章で、ミモザの花を積んでプロポーズをした、あのマッテオさんだ。マッテオさんとルカには、長い間の確執があった。南イタリアは僕の想像以上に保守的な地域らしい。マッテオさんはルカに家業を継いで、ソレントで家庭を築いて欲しいという親としての願いがあった。ルカ自身は、パン屋を継ぐ気はなく、意識はイタリアではなくアメリカに向いていた。

「なんで父さんが僕の一生を決めるんだ?横暴じゃないか?」「ソレントがイヤならどこへでも行くがいいさ。でもお前は勘当だ」「ああ、勘当でもなんでもいいさ。こんな所へはもう戻らないさ。僕には夢があるんだ。父さんとは違う」

むろん、二人は、その後和解をしているが、北と南を往復するような毎日を過ごしていたルカは、一つのやり残しを感じたのだそうだ。子どもの頃、そして若い頃もマッテオさんに伝えていた言葉を和解後は言っていない・・・と。

それは、最もシンプルな言葉、「愛している」・・・想っているだけではなく、直接言葉で伝えるのが重要なのだそうだ。

マッテオさんの葬儀の時、ルカは歌を歌ったらしい。イタリア人らしい・・・そう思った。てっきりナポレターナを歌ったのかと思ったのだが、そうではなく英語の歌を歌った。ルーサー・ヴァンドロスの曲だ。

何故にルーサー・ヴァンドロス?ルーサー・ヴァンドロスって誰?

R&B、ブラック・コンテンポラリーの第一人者・・・ということだ。僕はこの種の音楽に疎いので知らなかった。

「絹のような声だな・・・」

ユーチューブでルーサー・ヴァンドロスの歌声を聴いてそう感じた。予想していた声とは違った。

何故にルカがルーサー・ヴァンドロスを選んだのか、それは次に書くとして、まず絹の声、ルーサー・ヴァンドロスの歌声を紹介したい。非常に下積みの長かった人らしい。有名歌手のバックグラウンド・シンガーを務めていた期間が長い。有名になってから「SONGS」というカバー・アルバムを制作した。70年代、ルーサー・ヴァンドロスはロバータ・フラックのバックグラウンド・シンガーを務めていて、ロバータとこの曲をよく歌ったのだそうだ。彼はこう語っている。「SONGS」を作るにあたり、絶対にやろうとすぐに決めた曲だと。

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仕分け 

 

卓越した歌唱力、つまり歌が上手い、上手いという概念、どこかブロードウェイでミュージカルに出演し、朗々と声を張り上げるのような、そのようなイメージを持つ。NHKのど自慢で鐘が沢山鳴るような?

もしエディット・ピアフがNHKのど自慢に出場したら鐘は沢山鳴るだろうか?意外と「鐘二つ」とかだったりするかもしれない。スティングも、どちらかというとNHKのど自慢には「受からないタイプ」かもしれない。ビブラート満載で朗々と・・・というよりは、「ボソッとした魅力」だから。

大気中に音符や休符が舞っている。凡人には見えない。でもスティングはそれを掴んでしまう・・・

スティングと共演しているのはカティア・ラベック、ラベック姉妹のお姉さんのほうだ。

「もともとお姉さんのカティアはジャズとか得意だったんでしょ?妹のマリエルは室内楽を好むとかじゃなかった?」

スティング、カティア・ラベックのこの曲、二人からこう言われているような気もしてくる。

「どうしてそう固く考えるんだい?上手いとはこのようなものと固く・・・」「そうよ。音楽を仕分けしなきゃならないなんて不幸なことなのよ。ジャズ風って何なのさ?」

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