ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

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She 

 

トレネ~ワイセンベルク編曲の「4月にパリで」を練習しながら、過去の一場面を思い出したりしていた。

「あの国はね、もうだめなんだよ・・・だめなんだ・・・」ポーランド人の友人はマンハッタンのビル群を見ながら、そう呟いた。彼はポーランドからの移民ということになる。ユダヤ人でもあった。アメリカに渡ったのは、日本でも「ワレサ議長」とか「連帯」とかいう言葉が新聞やテレビニュースで盛んに出ていた頃。

「だめなんだ・・・」その時の彼の表情は、遠くを見つめ、微かに微笑んでいたように思う。そして目を閉じ自分の殻に入り込んでしまった。

その時の僕は、彼の心情を理解できなかった。「祖国を想っているんだろう」ぐらいで。彼は、その時自分を許せなかったのかな・・・と今は思う。自分だけが自由を求めてアメリカにやってきた。そして自由を感じている。自分だけが。おそらく、観光旅行のような気軽な出国ではなかったはずだ。国を捨てる、親族を捨てる・・・彼の場合は年老いた父親をポーランドに残してきている。

「自分の今の自由は愛する祖国と父を裏切ったから存在している・・・」

ワイセンベルクも祖国ブルガリアを捨てた人だ。強制収容所の経験もある。パリの平和な光景を見ながら、やはり思ったのではないだろうか?「あの国はもうだめなんだ・・・」そして「自分だけが自由に生きている・・・」と。

トレネの「4月にパリで」はシャンソンだ。練習しながら、ある曲が頭から離れなくなった。エルヴィス・コステロの「She」という曲。この曲はシャンソン歌手、アズナヴールの曲。コステロはカバーしていることになる。シャンソンつながり・・・ということなのだろうか?だからコステロの「She」が頭から離れない?本家アズナヴールの「She」は頭の中で鳴らないんだよね。どうしてだろう?

この動画の中のコステロの表情なのだと思った。ポーランド人の友人が、マンハッタンの空と摩天楼を見つめながら「あの国はね、もうだめなんだよ・・・」と呟いた時の表情が、歌っている時のコステロの表情と同じなのだ。どこか微かに微笑みながら、瞳を閉じた一瞬に絶望的なまでの哀しみがある。そして微笑みでそれを隠してしまう。自分の殻に閉じこもってしまう。

人間って、本当に哀しい時には微笑むんだ・・・

30日に「4月にパリで」を弾く時には、僕は空想に浸ろうと思う。作話と言ってもいいかもしれない。ワイセンベルクは微笑んだのだ。でも殻には閉じこもらなかった。脱出以来、初めて自分を肯定したのだ。「僕は自由になっていいんだ。僕もパリで幸せになっていいんだ」と。だからトレネのシャンソンをピアノの鍵盤に移したのだと。

kaz




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今が一番素敵 

 

年を取るということは、そんなに残念なことなのだろうか?加齢により、若い頃できていたことができなくなる?「ああ、あの頃は私だって・・・」

たしかに身体機能の低下はあるだろう。お肌の水分も減少していくだろう。では、若い頃が華で、あとは萎れていくのが普通なのだろうか?昔は弾けていたパッセージが弾けなくなるとか?若い頃よりは高齢になると全体的に弾けなくなるとか?

今、トリプルアクセルや4回転ジャンプを跳べている人が、50年後も跳べるとは思えない。年を取れば、短距離走のタイムも若い頃よりは落ちているのが普通の人間だろう。

でも年齢を重ねて素敵になっていく人もいる。

僕はニール・セダカが好きなんですね。1950年代、今は「オールディーズ」と呼ばれる音楽を歌っていた頃、人気絶頂だった頃、その頃の彼の歌を聴くと爽やかさを感じる。これは天性のものだったのかと思う。爽やかで、伸びがあって、アメリカンドリームそのままの歌いっぷり。

その後、ニール・セダカは低迷期に入る。彼だけではなく、いわゆるオールディーズ系の歌手たちはニール・セダカと同じ運命をたどった。主流の音楽の傾向が変わっていってしまったのだ。オールディーズそのものが停滞してしまった。

アイドルとしての人気が下降して・・・というのとは違う苦しさがあったのではないかと想像する。自分の愛した音楽そのものが忘れ去られようとしているという無念さというのかな、それを感じたのではないだろうか?ニール・セダカは、懐メロ歌手という位置づけになった時期もあった。

10年以上苦しい時期が続いたという。そしてカムバック。自分自身の苦しかった時期を歌った「雨に微笑みを」が全米チャートの1位になった。記録的なことよりも、苦しかった時期さえ、肯定的に歌い上げているところが凄い。個人的には人気絶頂のイケイケ時代(?)の頃のニール・セダカよりも素敵だと感じる。

そして今。1970年代の「雨に微笑みを」の頃よりも、さらに素敵になっていると思うのだが、どうだろう?

今が一番素敵、そんな人もいるように思う。

それにしても、ニール・セダカってピアノが上手い。もともとはクラシックのピアニストを目指していたらしい。たしか、ジュリアード音楽院のピアノ科を卒業していたと記憶している。

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選曲における難易度問題 

 

発表会の選曲で、よく話題になるのが曲の難易度。身の丈選曲をするのか、少々背伸びをしても好きな曲を弾くのか?そもそも難易度とは?全音ピアノピースの難易度、AとかDとか?つまり楽譜密度ということなのだろうか?いわゆる白い楽譜と黒い楽譜。そのような意味では、メンデルゾーンの無言歌集の中の一曲よりも、リスト編曲の「タンホイザー序曲」の方が難易度は高いのだろう。そこまで極端ではないにしても、ショパンのノクターンとバラードでは難易度は異なるので、無難に弾きたいのだったら、ノクターンにしておいた方がいいのだろうか?

「ラ・カンパネラ」を弾いて見事に撃沈したとする。どうしても弾きたい曲だった。憧れの曲だったし。「ああ、私には難易度が高すぎたのね。シューマンのトロイメライあたりの曲にしておけばよかったのかな?」

単純に準備の煩雑さという意味では「トロイメライ」よりも「ラ・カンパネラ」の方が大変ではあろう。音符多いしね。でもこの「黒い楽譜は大変」的な感覚って、どこか荷造りに似ているような?「パラグアイに三週間出張します」という場合と、「箱根に一泊旅行します」という場合では、荷造りの難易度が異なる。なんとなくこれと似ているような?

黒い楽譜の曲で失敗してしまった。弾きなおしをしたり、止まったリしてしまった。この場合、白い楽譜、つまり「ラ・カンパネラ」ではなく「トロイメライ」を弾いていたら、聴き手はその「トロイメライ」の演奏の魅力に魅了され、「えっ?なんて素敵な演奏なのかしら?」と思ってくれただろうか?そんな保障もないような?これは曲の荷造り的難易度の問題なのだろうか?

「いや、それは完成度の問題でしょ」完成度って、そもそも何?表面上ツラツラとミスなく弾けるということ?それだったら黒い楽譜は難しいよね。でもツラツラ・・・がピアノを弾いたり、発表会に出演する目的ではないような?

シンプルな楽譜の曲って実は難しい。これはよく言われる。その人のすべてが出てしまう・・・みたいな?では黒い楽譜の曲は、そのすべてが出ないような曲ということになるのだろうか?欠点を派手なパッセージが隠してくれる?アンチエイジングの魔法のクリームではないのだ。「あっ、シミが隠れてる」「皺が目立たないじゃない?」・・・「だってプラセンタ原液ですから!」黒い楽譜の曲って、これと同じ?欠点を目立たなくしてくれる?なんだか違うのでは?

シンプルな曲であれば、余裕を持って演奏できる・・・荷造り感覚ではそうだろう。でも自問自答してみる。「ラ・カンパネラ」よりも「トロイメライ」は簡単か?言葉を変える。難易度を落とせば、その曲を音楽的に、表現豊かに、聴き手のテンションを集められるような演奏が可能になるのだろうか?反対に、難易度が高くなれば、つまり「タンホイザー序曲」のほうが、無言歌の「ベニスのゴンドラの歌」よりも、演奏者の欠点を隠してくれるのだろうか?皺を目立たなくさせてくれる?

難易度談義(?)をここまでしてきて、気づいたことがある。

何を弾くかなのだろうか?どう弾くかではないのか・・・と。

往年の巨匠、フリードマンの演奏。彼の「タンホイザー序曲」から欠点隠しという要素は感じられない。また、彼のメンデルスゾーンからも、ここまで難易度を落とせば余裕よね・・・みたいな要素も感じない。

どう弾くか、楽譜から音にしていく、演奏という行為にしていく。「何の曲を」よりは「どう弾くか」が重要かもしれない。

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残酷な憧れ 

 

考えてみれば不思議だったのだ。母は何故ファリャの「火祭りの踊り」という曲を知っていたのだろう?何故ルービンシュタインというピアニストを知っていたのだろう?何故チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が好きだったのだろう?

母の幼少時代は戦時中だった。娘時代は戦後の混乱期だった。祖父母が特に西洋音楽を愛好していたという話は聞いていないし、母の姉妹のだれかがピアノを習っていたということも聞いていない。

それは盛大な花火のようだった。東京の空が真っ赤に染まっているのを母は疎開先で見た。「お父さんもお母さんも、おそらくダメだよ。これからは自分で生きていくんだよ」叔母の言葉が耳に突き刺さる。幸い祖父母は健在で、家も焼けずに残った。姉妹も多く、家族で混乱期を助け合って生きていたのだろう。特別裕福でもなかったと思うが、特別貧しかったわけでもない。でも家族で西洋のクラシック音楽を親しむという習慣はなかった。それは当時の日本の家庭では、どこもそうだっただろうと思う。

チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は有名な曲だ。クラシック音楽に親しんでいなくても、知っていて当然の曲だったのだろうか?「火祭りの踊り」や「英雄ポロネーズ」は?たしかに有名な曲だが・・・

アメリカ映画「カーネギーホール」は1952年、日本でも封切られた。本国よりも5年遅れの公開だが、当時の日本では、世界のスター、巨匠の演奏を聴ける映画としてヒットしたらしい。檜舞台、カーネギーホールで演奏するスターたち。アルトゥール・ルービンシュタイン、リリー・ポンス、ヤッシャ・ハイフェッツたちが銀幕で演奏を披露した。昭和27年、おそらくクラシックの演奏会そのものも、一般の人々には遠かった時代のかもしれない。それが、いきなりハイフェッツ・・・

むろん映画ではある。生演奏ではない。でも当時の日本人を震撼、そして感動させたことは想像できる。クラシックファンでなくても、日頃そのようなものとは無縁でも、映画なので多くの人が「カーネギーホール」を観たのだろう。

母は映画「カーネギーホール」を観たのではないだろうか?なのでルービンシュタイン、ハイフェッツ・・・

当時、この映画を観てクラシック音楽の素晴らしさに目覚めた人は多かったと思う。中には「自分でもこの世界に入っていきたい」「楽器が演奏できだら・・・」「ピアノがあったら・・・」そう感じた人もいただろう。

現在のように、ピアノなど習い事として一般的ではなかった。それこそ「お大臣の家」でなければピアノを弾くなど、ありえなかった、すくなくとも一般の感覚ではそうだったのではないかと想像する。習いたいのに、弾きたいのに諦めるという感覚すらなかったのかもしれない。

クラシック音楽なんて特別な人たちのもの・・・ましてや自分も楽器を弾くなんて・・・

爆発しそうなほどの憧れを、当時の人はどのようにして処理していたのだろう?これは僕の想像の範囲を超えてしまう。

レッスンに通う、練習をする、サークルで演奏する、どこか当たり前に思ってしまう。でも当たり前ではなかった時代もあったのだ。

昭和27年、考えようによっては、この演奏は残酷なものだったのかもしれない。同時に、今という時間を生きているという恍惚感をも感じる。

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ショパンを弾くならロッシーニ 

 

ショパンはベルカントオペラを好んだらしい。ベルカントオペラ、筆頭はベッリーニということになるだろう。たしかに、カラスの歌唱によるベッリーニのアリアなどを聴くと、ショパンとの共通点を感じたりはする。「ああ、歌・・・」のような?

あとショパンはロッシーニのオペラも好んだという。ピアノの詩人ショパンがロッシーニ?なんとなくベッリーニのようにはつながらないような?青白きショパンとロッシーニ?

ショパンって、歌う箇所はベッリーニかもしれないが、埋め草的華やかパッセージは、もしかしたらロッシーニなのかもしれない。バラードの第1番。主題のメロディーなどは、たしかに「ベルカント~、歌~」なのだが、小節内の音符密度が濃くなる、黒くなるパッセージ部分はロッシーニっぽい。ショパンの歌も難しいけれど、どこか重厚感バリバリで弾けないような、軽やかさ、艶やかさを求められるようなパッセージ群も至難なのではないかと思う。バラードもだし、アンダンテ・スピアナート付きの大ポロネーズなども細かなパッセージが非常に難しい。パッセージそのものの困難さが、歌部分とのアンバランスさを感じさせてしまう演奏になってしまう。「まあまあきれいに歌えてたけど、いきなりパッセージ部分でハノンみたいになってしまう」というところが悩ましい。

重厚感、重さを感じさせてしまったら破壊されてしまうようなパッセージ。これは難しい。どこかバリバリよりは、コロコロという色合いが欲しいところだ。これって声楽のアジリタの技術そのものではないだろうか?コロラトゥーラソプラノがコロコロと転がす。そこに軽さ、敏捷性がある。そんなイメージかな?アジリタ、つまり英語のアジリティ。敏捷性とか、機敏とか、そのような感じだろうか?

ソファミレドという下降形パッセージ、ポジションをバタバタと動かしてしまうと、ソ・ファ・ミ・レ・ド・・・と聴こえてきてしまう。滑らかさ、軽やかさに欠ける。同じポジションで軸を細くするようなイメージだろうか?フィギュアスケートの質のいいジャンプのような?大振りだと美しいジャンプにはならない。アジリタはそれにちょっと似ているかもしれない。バタバタしたらおしまい・・・

ロッシーニのオペラを聴いていて気づいたことがある。ロッシーニって素直でない。下降形でソファミレド・・・これだけでも素早く敏捷に歌うのは大変なのに、ロッシーニはバリアンテ系パッセージが好きみたいなのだ。ソファミレドと素直でなく、ソファレミドとか。ソからオクターブ下がってソソシレドとかね。ピアノだと簡単だが歌だとこれは難しい。

有名歌手たちも、この「素直でないロッシーニ」には苦労するようだ。女性歌手だとマリリン・ホーンのアジリタは素晴らしい。一般的に男性歌手の方が女性歌手よりもアジリタは苦手な人が多いように思う。どうしても勇壮華麗に、つまり重くなってしまう。

そよ風のように、軽々と舞うように、至難パッセージを歌いこなす男性テノールがいた。まだご存命だが、91歳なので当然今は舞台では歌っていないけれど、ペルー出身のルイジ・アルヴァという歌手のアジリタは凄いものがある。

油の上で歌っている・・・変な表現だが、そう感じる。スムーズなんですね。ルイジ・アルヴァのこの技法(秘法?)は、ショパンのパッセージを弾く上で、とても参考になるような気がする。

「あの、私、弾くのであって、歌うわけでないんですけど?」

それは勿体ない。

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