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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

シャンソン・ド・シャルムと幼児 

 

胎児に音楽を聴かせる、モーツァルトとか・・・つまり胎教・・・

実際に、どれほどの効果があるのかは分からないけれど、まぁ、悪くはなかろうとは思う。音楽そのものは胎児には聴こえなくても、お母さんが心地よい気分になることそのものがいいような気はするし。

僕の場合、この世に生まれ出て物心つくまでの間、5歳くらいまでに聴かされた音楽に影響を受けていると感じることが多い。両親とも多忙だったので、その頃は叔父に預けられることが多く、そこで僕は音楽を聴いていたのだ。クラシックの音楽ではなかった。叔父が歌手だったので、やはり歌ばかり聴いていたのだと思う。

絶対音感というものも、おそらく、この時に身についたのだと思う。幼稚園に通っている時、ピアノを習ってもいないのに、いきなり両手で習った歌を弾いたりしていたそうだ。「もしかしてこの子は天才?」・・・とは全くならなかったけれど。絶対音感というもの、この能力が今の僕のピアノライフに役立っているかというと、そんなことはないな・・・と思う。踏切の警報器の音とか、救急車のサイレンのピッチを判断できても何の役に立つのだろう・・・という感じだ。

でも、この時期に聴いた音楽というもの、その音楽が幼児向けの「お歌」ではなく、大人用の歌だったこと、このことは叔父に感謝している。叔父も僕に意図的に聴かせたわけでもないだろうとは思う。自分が好きだったから聴いていたのだと思う。

叔父は、クルーナー唱法の歌手が好きだったので、僕もそのような系統の歌手の歌声を聴いて育った。そして圧倒的に男性歌手のレコードばかり聴いていたので、現在の僕もテノールが好きなのだと思う。

その頃に聴いていた歌手の一人にティノ・ロッシというシャンソン歌手がいる。昔の歌手だ。存命中に、その人気は衰えることなく、ティノ・ロッシ自身も自分の人気に驚いていたそうだ。何億枚もレコードが売れたり、女性を口説くのならロッシのレコードがあればいい・・・なんて言われたり。

「ティノ・ロッシ」というバラの品種もあるらしいし、パリのセーヌ河畔には「ティノ・ロッシ公園」もある。それほどの人気ぶりだったのだ。そして銀幕のスターでもあった・・・

とにかく「甘い歌声」なのだ。朗々と響き渡るとか、絶唱とか、そのようなタイプではなく、甘い・・・

僕の演奏は、「ピアノ的」ではなく「歌みたい・・・」などと人から言われたりする。もしそうなのだとしたら、それはティノ・ロッシの影響だと思う。

僕が幼少時に、いかにも子供向け・・・という音楽を聴いていたらと想像したりする。反対に、3歳ぐらいからピアノを「ガッツリ」練習させられ、ピアノや音楽というものが、ガチガチの「教材・・・」のような感じで育っていたりとか・・・

割と幼児に聴かせたり、歌わせたりする歌って、ちょっと大人感覚すぎるような気がする。つまり大人が発想する「子供用音楽」のような気がするのだ。実際にそのような現場に関係ある職種にいたこともあるのでそう思う。もしかしたら、子どもの感受性って、大人が考えるよりも成熟しているのかもしれない。そして、その時期に触れる音楽が、その後を決定づけるとしたら・・・

ティノ・ロッシの歌は「シャンソン・ド・シャルム」と呼ばれた。つまり「魅惑の歌・・・」と・・・

フッと抜く感じとか、跳躍での繊細さの強調とか・・・好きだなぁ・・・そして影響を受けているなぁ・・・と思う。

「興味を持たせて・・・」ということで、大人感覚になっていないだろうかと昨今のピアノ教育については思う。むろん、弾きこなすという意味では、いきなり「大人曲」は弾けないであろうが、でも、ある程度の年齢になって、音楽が解る年齢になってから「本物を・・・」それまでは「子供用のアニメのソングでも・・・」というのは、少し大人感覚すぎるような気はする。子ども、幼児の感覚は、大人の考えるそれよりも、ずっと成熟しているかもしれない。すぐに聴いたもの、触れたものが花開くわけではない。子どもにマリア・カラスの歌唱を聴かせて、翌日にその子供の演奏が「カラス風」になるわけではない。でも、マリア・カラスの芸術を感じることは可能かもしれない・・・何歳でも・・・

もしかして、小学生になるまでに、あるものが決定づけられているとしたら?

実際に聴いた記憶は残っていないけれど、僕の内なる感覚として残っていたティノ・ロッシ・・・

1~5歳くらいに聴いていた音楽だ・・・

kaz



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category: 履歴書

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