ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

一生片想い・・・ 

 

ピアノを習っている、または習っていたという生徒からのメール、高校生や中学生が多いけれど、基本的にはそのようなメールには返信している。大変だけど。ピアノの先生や保護者からのメールには申し訳ないけれど、返信はしていない。というか、全部に返信することは不可能なのだ。

生徒や元生徒のメールを読んでいくうちに、ある「パターン」のようなものがあるのに気づいた。

ピアノを途中で挫折してしまった生徒の多くは、「読譜」というもので躓いている。一応、音符は読めるのだけれど、印刷された楽譜を音にしていく過程での総合力に欠ける。一つ一つの音を丹念に読み過ぎるというか、曲の一部の単位として楽譜を捉えられず、一つの「音符」としか捉えられない。基本的には、耳や音感のいい人がそうなっている感じだ。耳で覚える・・・とまではいかなくても、視覚的な情報を整理して練習することが苦手なのだ。

僕自身も昔はそうだったので、よくわかる。

様々な教材や初心者・中級者向けの、主に邦人作曲家の作品を実際に弾いてみた感想は、とても「キャッチ―」だということ。子どもの五感を捉えるというか・・・

導入段階で、なまじ「キャッチ―体感」を耳からの情報をも含めながら習ってしまうと、その生徒の読譜力以上のサウンドを体感してしまうことになる。いいことなのかもしれないが、いつかは楽譜から情報を読み取り、一人で曲を弾いていかなければならない時期が来る。ここで躓く・・・面白くないから。今までの「キャッチ―感覚」とはほど遠いものを、苦労して積み上げていかなければならないから・・・

昔と違い、今はいろいろな曲が教材として考えられる。ポップスのような、生徒の好きな、興味の持てる曲でレッスンをする先生も多いという。でも、キャッチ―感覚を優先してしまうと、クラシックの名曲まで辿り着くのが大変になってしまうとも僕は思う。ポップス・・・大人や余裕ができた生徒が自分で弾くのはいいけれど、基本的にこれらの曲は「今を楽しむ」ものではないだろうかと思う。

ピアノを長続きさせている生徒、高校生になっても弾いているとか、大学進学してもピアノは辞めていませんという人からのメールも少ないながらある。そのような人に共通しているのは、時間の使い方を工夫しているということだ。大人の趣味で弾いている人もそうだと思うが、隙間の時間を捻出したりしているのだ。

なぜそこまでして練習するのだろう?

「好きだからよね?」

そうだけど、それは「わっ、楽しい!」という「今感覚」を優先したものではなく、先を見ての楽しみなのだ。今は読譜、つまらない、はっきり言って・・・でも「~のように弾きたい」という将来的な「憧れ」があるからこそ、辛い練習を続けることができるのだ。つまり音楽に対しての「憧れ」がある。自分の中で今よりも、目指すものを優先できるのだ。挫折しない人は、常に未来を見る。憧れがあるから・・・だからそこに向かう・・・

憧れ、それはやはりクラシックの作品から感じることが多いのではないかと僕は思う。ピアニストがリサイタルで演奏するような曲・・・今の楽しみというよりは、憧れ部分・・・

今は辛くても、憧れがあるから練習する・・・

いつそれを伝えられるか・・・が勝負なのかもしれない。

「長続きする愛というものが一つだけある。それは片想いさ・・・」  ウディ・アレン

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category: ピアノ雑感

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コメント

 

読譜力

こんにちは。めだかです。

読譜についてはいろいろあるのですが長くなるのでかいつまんで。

kazさんの書かれたことは間違ってはいないと思いますが、しかしだいぶ大人目線になっていると思います。

kazさんのおっしゃる、憧れのクラシック曲のために辛い練習もがんばれる!のは、一般的にはある程度大きくなってからできることだと思います。
小学校中学年…か高学年…その子のタイプなどにも寄りますが。

読譜力はもっと前の初期の段階、幼稚園や小学校低学年の時期が問題です。
その年頃の子に、クラシックの名演奏に強い憧れを持たせること、辛い練習もがんばって乗り切ることはなかなか難しいです。(中にはできる子もいるでしょうが一般的には)

なのでその時期に大切なのは、無理なレベルのものを与えずちょうどいいレベルのテキストをどんとんやって、少しずつレベルを上げていく、「気が付いたら読譜力がついていた」というのが理想と考えています。
いろんな教材を使いますが、自分の生徒は読譜力でつまづくことは無いです。(バイエルは使いませんけど)

その時期はクラシックにこだわらず小さい子にとって無理がなく、興味の持てるものが良いと思います。
もちろんクラシックなものもいいし、現代的な響きやリズムのものもいいと思います。

ブルクミュラーに入る時点で初見ですんなり譜読みができるようにしておくと、そこからクラシックのものもスムーズに弾けると思います。

ある程度大きい子や大人で始める方は「憧れ」を持っているので、いきなり難しい曲もがんばって弾けるようになります。それはkazさんのおっしゃることに当てはまります。
大人で始める方も相当上達されますよ。

めだか #MI8SSK7k | URL | 2014/06/22 17:35 | edit

めだかさま

以前ブログにも書いたのですが、僕が音楽開眼をしたのは小学3年生の時です。レコードからでしたが、震えるような感動を覚えました。ピアノ曲も聴きましたが、オペラの全曲も聴きました。その時、僕はピアノを習っていたのですが、「バイエル」でした。自分が感じた感動をピアノの先生には言いませんでしたが・・・

小学2年生の時に、それらの音楽を聴いたとしたら・・・やはり僕は音楽開眼したのではないかと思います。2年生の時、僕の教材は「いろおんぷ」でした。

おそらく、その時期の僕は、ピアノの練習もせず、野山を駆け巡り、とても「音楽に憧れている少年」のようには見えなかったと思います。

さらに幼い頃、僕はよく叔父に預けられていました。彼は「流しの歌手」だったので、様々なクラシック以外の歌を聴いて育ちました。むろん、記憶にはないのですが、でも影響を受けているとも感じます。その頃、1~4歳頃でしょうか、叔父の日記には僕にティノ・ロッシを聴かせたことが記されています。

現在、ピアノを弾く時に、このティノ・ロッシの影響を自分で実感しています。なんとなくではありますが・・・

音楽開眼した3年生の時、僕は、バイエルをレッスンでは弾いていたのですが、いきなりショパンのワルツを自分で練習しました。どうしても弾いてみたかった・・・ブライロフスキーの演奏から受けた感銘、その時の心の動き、それに自分で触れてみたかった・・・どうしても・・・

その後も独学で、ショパンやベートーヴェンを弾き続けました。この時の憧れの気持ちは今の僕を支えています。

僕の体験は一般的ではないですね。でも、「子どもでも憧れを持つ可能性がある」という一例にはなるのではないかと・・・

kaz #- | URL | 2014/06/22 21:58 | edit

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