ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ピアノ教師は(も?)ピアニスト 

 

ピアノ奏法の基礎ピアノ奏法の基礎
(1981/03)
ジョセフ・レヴィーン

商品詳細を見る


前の記事内容と矛盾しているのかもしれないが、音大のピアノ科が、いくら現場密着型になろうと、やはり「ピアノを弾くということ」という部分はメインにして欲しいと思う。ピアノ科の学生は、あくまでも自分の演奏を追い求めるという面を持ち続けて欲しい。というか、教えることがメインのピアノ人生になったとしても、「自分のピアノ」は基本でしょ?・・・と思うからだ。

音楽を追い求め、自分の演奏に磨きをかける・・・これは音楽家だったら基本というか・・・

アマチュアと異なり、ピアノの先生は自分の演奏というものを気軽にアップしない。これは演奏というものを真剣に考えているという証のように僕には思える。演奏にはすべてが露出してしまうから・・・

でもピアノ教師ブログに関しては、個人的には「???」と感じることがある。正確には「損しているなぁ・・・」と感じるというか。

教室の広報という側面も教師ブログにはあると思う。そこには各々の先生の強調したい部分があるのだとも思う。たとえば、料理をアップしたりとか、そのような記事は「厳格な厳しさだけの教師ではありません」という無言のアピールになる。柔らかさをアピールしているわけですね。作戦としてはいいと僕は思う。あまりにも「音楽史」「音楽の成り立ち」のようなことが論文調で書かれている先生だと、「近寄りがたいのでは?」「厳しいのでは?」「うちの子なんか無理よね・・・」と思われてしまうかもしれないし。

そして基本的には、教師ブログなので、生徒のこと、日々のレッスンのこと、教材のこと、セミナーのことがブログ記事の中心を成していくのだと思う。「いつも頑張るA子ちゃん・・・」「こんな工夫で目を輝かせたB子ちゃん・・・」「発表会に向けてのC雄くん・・・」

基本的には、こうなるのだと思う。レッスン、生徒中心のブログ・・・そして教師の「あたりの柔らかさ」というものを適度に含めつつ、セミナー記事をアップし、勉強していますということもアピール・・・

でも、外部の人間が意地悪く(?)読むと、足りないな、損しているな・・・と感じるのだ。

書かれていないことがあるのだ。それは「自分のピアノ」というもの。

ご自身の勉強している曲、それについての想いとか・・・書かれていないのだ。本番に向けて、どのような葛藤があるのか・・・曲を仕上げていく、音楽に触れていく瞬間での出来事とか、ご自身のピアノについては書かれていない。ここが惜しいと思う。

生徒記事は7割にして、あとは「自分のピアノ」のことを書かれたらどうだろう?僕は独身で子供はいないから、なんとも言えないが、自分のピアノの事、尊敬するピアニストのこと、ピアノ曲やその他の音楽について、そのようなことを書かれている教師に自分の子どもがいたら習わせたいと思うだろう。

ピアノ教師は、教育家であるとも思うが、基本的には音楽家であって欲しいのだ。自分のピアノ記事が7割だと、本気で生徒を教えるのかしら、片手間なのでは・・・などとも思われる可能性はあるので、そこはバランス感覚は必要だけれど、でも全記事の中で、ご自身のピアノについて書かれたのが、「生徒用の連弾の練習」と「発表会の選曲のため、あれこれ楽譜を引っ張り出し弾いた」だけでは、ちょっと(かなり)自分のピアノに関しては寂しい内容に思う。

自分のピアノについて書くことは難しいのだと思う。アマチュアではないのだから。アマチュアだったら、実際の演奏がどうであろうと、基本的には「てへへ・・・やっちゃったぁ・・・」的なニュアンスが微笑ましいし、そこがアマチュアの特権だとも思えるけれど、ピアノの先生が自分の本番や練習の記事で、あまりに「てへへ・・・」的なニュアンスを出すのも経営ということを考えるとどうかと思うし、かといって、「私は日本のアルゲリッチである!」のような内容になってしまうと逆効果だし。まぁ、この場合はユニークな先生と受け取られるかもしれないが・・・

自分のピアノについて書くのは、アマチュアと異なり難しい面もあろうかと思うが、でも「書かれていない」というのは、ちょっと損だと思う。弾いていなければ書けないが・・・

ピアノ教師=演奏家=音楽家

いきなり雲の上の人になってしまうのかもしれないけれど、僕はゴロドニツキ、そしてロジーナ・レヴィーンを連想する。共に、イメージとしては「プロのピアノ教師」という側面が強調されている。実際に名教師だったのだ。多くのピアニストを育て上げ、ジュリアード音楽院で教えるという人生を選んだ・・・

でも、ピアニストでもあったんだ。音楽家だった。

この演奏は、ロジーナ・レヴィーンの80歳を記念しての演奏会のライブ。つまり、マダム・レヴィーンはこの時80歳を超えていたんですね。でも日々、練習していたわけです。この時だけ必死に練習した演奏ではないですね、これは・・・

教師としての人生だったけれど、当たり前のことながら、弾いていた。自分のピアノがあった。音楽家だから・・・

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村
スポンサーサイト

category: ピアノの本

tb: --   cm: 0

△top

コメント

 

△top

コメントの投稿

 

Secret

△top