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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

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バスティアニーニ巡礼 3 

 

かつて「イタリア歌劇団」なるものがあった。当時のイタリアのトップ歌手たちが来日し、オペラを上演するというものでNHKが招聘していた。通称「イタオペ」とも呼ばれている。1956年から行われ1976年まで続けられた。このイタオペで世界的歌手の生の歌声を聴いたという日本のオペラファンは多いと思う。海外旅行も気軽なものではなかった時代、サントリーホールもNHKホールも存在しなかった時代だ。

エットレ・バスティアニーニも、この「イタオペ」で初来日している。そしてヴェルディの「トロヴァトーレ」でルーナ伯爵を演じ、歌った。1963年のことだ。この「トロヴァトーレ」というオペラ、リブレットは憤死してしまいそうだが、音楽は素晴らしい。バスティアニーニのレパートリーはとても広いのだが、やはりヴェルディにおいてその魅力が最大限に発揮されたように個人的には思う。特にルーナ伯爵という役において・・・

マリア・カラスと「ノルマ」という役柄が特別なものであると同様、バスティアニーニとっては「ルーナ伯爵」は特別なものだった。

1962年、そして63年あたりは、エットレにとっては苦難の時期でもあった。最愛の母を癌で亡くしている。そして・・・

「マエストロ・・・大変申し上げにくいことなのですが・・・癌・・・のようです。咽頭に癌細胞が認められます」

「咽頭に?それは・・・それは・・・私が歌を歌えなくなるということですか?」

エットレは、外科的な治療をせず、放射線による治療を選択する。少しでも歌い続けるために・・・

また、恋人との別れもあった時期だ。この女性はエットレよりも20歳近くも若かった。マヌエーラという人だ。二人で過ごす時間、エットレがとても幸せそうだったと、多くの友人、歌手仲間が証言している。二人は真剣に愛し合っていた。

「どうして別れるなんて・・・急に・・・誰か他に愛している人が・・・」

「そんなわけない。私は真剣だった。今でも愛している・・・心から愛している・・・」

「だったら・・・理由もなく別れるなんて言われても・・・」

「理由は言えない。どうしても言えないんだ・・・」「そんな・・・酷過ぎる・・・」

自分は声を失っていくのだろう、そして死ぬのだろう。苦しみながら・・・その苦しみ、壮絶な自分の人生に、この若い女性を巻き込むわけにはいかない・・・

後年、マヌエーラの結婚式を遠くで見つめるエットレの姿があった。コートの襟で顔を隠しながらマヌエーラの姿を見つめるエットレの姿があった。

「マヌエーラ・・・さようなら、そしてありがとう。あなたと過ごした時間は本当に幸せだった。どうか、どうか幸せになって・・・さようなら・・・永遠に・・・」

1963年、来日しルーナ伯爵を歌った後、エットレはこう言っている。

「私はヴェルディのバリトン・ロールを歌うのが最も好きです。ヴェルディ歌いと言われることを非常に名誉に思っています」そして内ポケットから小さな薄汚れたヴェルディの写真をとりだした。

「これは・・・これは私の一番大事なものです」

1963年、エットレがルーナ伯爵を歌った「トロヴァトーレ」、レオノーラはアントニエッタ・ステッラ、アズチェーナをジュリエッタ・シミオナートが歌っている。いったいどんな舞台だったのだろうと胸が高まる。

冷静に判断するなら、そして医学的見地を持って聴いてみるならば、この時のエットレの声は陰りが出てきて、全盛期の声、全盛期の歌唱とは言えないのかもしれない。咽頭癌の治療をしながら歌っていたのだから・・・誰にも言わず、そのことを自分の中にしまっていたのだから・・・

同じキャストで前年にエットレはDGに「トロヴァトーレ」を録音している。やはりステッラ、シミオナートも録音に参加している。この録音を聴くと、すべてを捨てた男の歌唱とは思えない・・・

「俺は、俺はまだ歌える。歌い続けてみせる・・・」

エットレのルーナ伯爵は、そのように聴こえてくる・・・



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