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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

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バスティアニーニ巡礼 1 

 

明日シエナに向かうことになる。イタリア最後の滞在地はシエナに決めていた。ローマでもミラノでもなく・・・

シエナはバリトン歌手、エットレ・バスティアニーニの生地でもある。

エットレ・バスティアニーニ・・・

彼の歌声をレコードで初めて聴いたのは、海賊版の「椿姫」だったと記憶している。カラスがヴィオレッタを歌っていた、スカラ座の実況録音だった。小学生だった僕にでもバスティアニーニの声は魅力に溢れる声に聴こえた。まさに「ビロードのような声」に聴こえたのだ。

正直、僕はテノール狂い(?)のようなところがあるので、バリトンという声域をそれほど積極的に聴くことはないのだが、バスティアニーニだけは別格なのだ。素晴らしいバリトン歌手は、バスティアニーニ以後も多くいるけれど、やはりバスティアニーニを聴くと、そのすべてのバリトン歌手がかすんでしまう。

オペラ黄金期、まさに世界を舞台に活躍した人だけに、「やはりバスティアニーニは別格」「彼の声を忘れられない」という人は多いようだ。「バスティアニーニ研究会」なる団体も存在しているほどだ。

彼の生涯を僕などが綴っても仕方がないのだと思う。「バスティアニーニ研究会」のホームページには詳細なる彼の生き様が書かれているし、伝記だってある。何年に何を歌ったとか、誰に師事したとか、バス歌手から歌手としてのキャリアを築いたとか・・・

そのような事実をツラツラ書いても仕方がないのだと思う。一応、ここはピアノのブログだしね・・・

ただ一つ、僕が思うことは、バスティアニーニも癌を患ったということだ。僕の場合は、多くの人に支えられているという実感があるけれど、彼の場合は、病気と一人で孤独に闘っていたという印象が強い。親しい人にも決して自分の病のことを打ち明けなかった。

僕が壮健で、そして病の事で悩むことがない幸せな人生だったとしたら、バスティアニーニという歌手を決して理解できなかった部分がある。その部分をツラツラと気ままに綴ってみるのもいいかもしれない・・・などと思う。

「何故、最愛の恋人と別れてしまったのだろう、何故自分から身を引いたのだろう?」
「何故最後まで自分が癌だということを隠していたのだろう?」
「癌だと公表しなかったことにより、声の不調を憶測されることになり、実際に歌劇場が契約を打ち切った時、彼はどのように耐えたのだろう?」
「かつてスカラの初日を自分が飾った演目のポスターを見ながら、弱り切った、歩くのもやっとの彼の脳裏に浮かんだものは何だったのだろう?」

そもそも世界的なオペラ歌手が咽頭という部位に癌を患うということは、どのようなことなのだろう?

多くの謎がある。僕自身、今では理解できることもあるし、今でも理解できないこともある。

シエナは以前にも訪れたことがある。その時は一人旅だった。イタリア語を理解できないながらも、バスティアニーニを自分なりに追ってみたことがある。その時、彼の墓を訪れた。小雨模様だった空が一瞬晴れた。光が眩しく墓地に差し込んできた。木々のざわめきが一瞬なくなり、あたりは「無」になった・・・

発病後、「こんなに辛いのだったら終わりにして楽になりたい・・・」と感じたことがある。特に化学療法を行っていた時には、そう感じることが多かった。「ここから飛び降りれば終わるのだな・・・」「ここで飛び出せば車に轢かれるんだなぁ・・・」とか・・・

彼の墓石の前で光に包まれた時、なんとなく「ここに来るために今まで死ねなかったんだ」と強く感じた。理由はないし、分からない。でもそのように感じたのだ。

その時、「追う価値のあるもの」という意識が音楽に対して芽生えたのだと思う。それは、自分が楽しいとか、そのようなことではなく、かといって音楽に精神修行的苦しさを望むでもなく、ただ触れる価値のあるもの、追う価値のあるものとして、音楽、僕の場合はピアノというものに対して、そのような感情が芽生えたのだ。

順調なピアノ人生ではなかったと思う。弾かなかった期間が、あまりにも長すぎる。でも、そのような後悔の気持ちも、その時消え去ったのだ。ただ触れたいと思う・・・そして追う・・・それだけなのだと・・・

僕自身、病を患うことよりも、せっかく「美」というものに触れるチャンスにありながら、それに触れることを逃してしまうことの方が不幸だと思う。なので、せっかくピアノを習いながら、「辞めたい」とか「弾けない」とか・・・そのような人、おもに子供だと思うけれど、そのようなことがあると、とても辛いのだ。本当に辛い時、その人を救うのは、目に見えない、ただ感じることのできる「触れたい」と思う存在なのだと思うから・・・

「追っていきたい」という気持ちは、その人を強くする・・・ただそれだけで・・・

バスティアニーニが友人に書いた手紙だ。彼の生涯最後の手紙だとされている。

「こんなちょっとした手紙を書くのもやっとなんだ。治療は凄まじいものだ。酷い字で申し訳ない。でもペンを握るのもやっとなんだ。君たちのことを、どれほど懐かしく思っているか・・・僕は毎分、毎秒、故郷を懐かしく思う。いつになったら、いつものエットレに戻れるのだろうか。素敵なクリスマスと幸せな1967年を。僕にとってもより良い年になるように・・・さようなら。また会おう。     エットレ」

エットレ・バスティアニーニ・・・1967年1月 永眠  享年44歳・・・



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