ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

紺碧の「愛の夢」 

 

本当は呑気に旅などしている場合ではないのだ。今月末にはサークルの演奏会があるのだ。おそらくアマチュアにとっては、とても贅沢なホールとピアノなのだと思う。ピアノはファツィオリなんだよねぇ・・・

でも「練習しなきゃ・・・」とはあまり思わないんだよねぇ・・・

今の自分を、そのまま出せばいい・・・なんて今は思う。帰国しても、このまま気持ちをキープできればいいと思う。インプットしたものを「大丈夫かしら?できるかしら?」と震えながら演奏するよりも、その時のすべてをアウトプットすることができればいいと思う。ピアノ演奏は、どのようにインプットできたか、その結果をどのようにアウトプットするかということなんだと思うけれど、アウトプット時は、自分の中から湧き上がるものをピアノに託すことも大事なんじゃないかと思う。

「いかに弾けるか・・・」というインプットの結果というものを気にしすぎていると、決められたものを「なぞる」ような感じになってしまうのではないだろうかとも思う。演奏は「インプット」と湧き上がるものを加味して「アウトプット」する複合という感覚が必要なのではないかと・・・

到達度や表面上の完成度のようなものに関係なく、意味不明の(?)「なんだか分からないけれど惹きこまれてしまう」という演奏はアウトプット時の演奏者の気持ちの差が演奏に出てくるのではないかとも思う。

気持ちだけではピアノは弾けないんだけど、その瞬間の気持ちがないと弾けないのも事実。本番前に「ミスなく練習どおりに弾けますように」と思いすぎると、アウトプット時に本来の自分がいなくなってしまう・・・

なんて今は気持ちが大きくなっているけれど、まぁ。当日は緊張するだろうなぁ・・・

今はイタリアにいる。演奏会なんて遠い未来のような気がしている。友人(M)が現在暮らしているアパートに滞在している。南イタリアのブーリア州というところで、レッチェという街だ。

観光地ではないのだろうか、日本人の姿は少ない。東洋人が珍しいのか、振り返って見られることも多い。街自体はとても素敵な街だ。バロック様式の建物が多く、タイムスリップしたような感じだ。

このレッチェはテノール歌手のティート・スキーパの生まれ故郷でもある。スキーパの叙情的な声は昔から大好きだったけれど、この街の出身であるということはMに教えてもらうまで知らなかった。

「そうか・・・スキーパはこの風景を見て育ったのか・・・」

このレッチェの貧民街に生まれたスキーパ、歌だけで生きてきた人なんだな・・・そう思う。メトで活躍した人だから、どうしてもアメリカ時代のスキーパばかり連想してしまうけれど、この風景が彼を育てのだと思う。

バロックの石の建造物、澄み切った青い空、碧い海・・・

リストの「愛の夢」はもともとは歌の曲。もっぱらピアノで演奏されるけれど、そしてピアノで演奏された「愛の夢」の方が素敵だとも思うけれど、唯一スキーパの柔らかい声で「愛の夢」を聴くときだけ、この曲は歌の曲なんだな・・・と感じる。

kaz



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category: The Singers

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