ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

フランツ・リスト・ピアノ教室 

 

リストの弟子、厳密には何人だか不明なのだそうだ。基本的にはリストは誰でも生徒を受け入れ、レッスン料も無料だったという。むろん、弟子といっても、一度だけのレッスンでのアドバイスのようなことが、ほとんどだったのかもしれないけれど。

リストが「ここはドですよ~」なんてレッスンをしていたとは思えないし、生徒だって「わっ、リストセンセ♥ピアノって楽しい♥」という生徒ではなかったと思う。

高尚なピアノレッスン?

でも目標点ということを考えたら、現代日本の街のピアノ教室とフランツ・リスト・ピアノ教室とで、それほど差があっていいものだろうか?

むろん、リストのレッスン室で実際に鳴り響くピアノの音は想像を絶するほどのものだったと思うけれど・・・

現代日本に暮らすA子ちゃん、ピアノを始めて1年で来年小学校・・・

A子ちゃんの鞄の中にはバスティンの教材なり、メトード・ローズなりの、なんらかの教材が入っている。このA子ちゃんと、フランツ・リストとを結びつける接点はまだない。でもどこかで結びつける必要性がある。いつの日かA子ちゃんもリスト・ピアノ教室の生徒(実際はピアニストだが)のように「何かに焦がれ追い求める」ようになるかもしれない。

街のピアノ教師の役目は、ここなのかと僕は思う。音楽の扉を開いてあげること。導いてあげること。それは経過的な目標ではなく、経過点を通過すると、何が待っているのかということを教えてあげること・・・

あるピアニスト(日本人)が言っていた。「優秀な生徒って教師が何も教えなくても上手くなっていっちゃうんですよねぇ・・・」と。

優秀な生徒って、「才能」とかだけではなく、焦がれる気持ちが大きいのではないだろうか?

リストの弟子、もちろん晩年の弟子だけれど、実際に演奏を聴くことができる。リストの弟子、フリードハイムが弾く、これまたリストの弟子であるローゼンタール作曲の「パピヨン」という小品。

この動画にはリストの弟子が写っている。前列左から2番目がジロティですね。その右がフリードハイム、その右がザウアー、そして後列一番左がローゼンタール・・・

やはり凄い顔ぶれというか、凄い生徒たちだったと思う。

彼らにも導入期はあったはずだ。でもどこかで何かを知ったのだ。そしてそれを追い求めた・・・

それは何?それを導くのが教師なのかなと・・・

kaz



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category: ピアノ雑感

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