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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

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いつでも夢を 

 

このブログを読む人は、クラシック、それもピアノが好きな人なのだと思うので、作曲家の吉田正と聞いてもピンとこない人も多いのではないかと思う。今日、6月16日は吉田正に国民栄誉賞が授与された日でもある。

1998年の6月10日、吉田正は亡くなっている。その6日後に授与されている。吉田正の多くのヒット曲は、戦後日本の復興の時代にヒットしている。僕の両親の青春時代と重なるのだと思う。

僕が、もう少し早く生まれていたら、セピア色の記憶というものも随分と変わっていたのではないかと思う。僕は70年の万博の記憶はない。幼稚園児だったから、テレビを観ても記憶に残るということはなかった。セピア色の記憶としては、天地真理とか、ピンクレディーとか。半径1キロという生活範囲を超えて、社会というものに足を踏み入れた頃、記憶に残っているのは、70年代後半、80年代の出来事からということになる。もう聖子ちゃんや明菜の時代になってしまうのだ。携帯もパソコンも生活の中に入っていなかった時代だが、そう今と変わらないという印象だ。マクドナルドやセブンイレブンも普通にあったしね。

これは僕だけかもしれないが、両親の一面しか意識してこなかったような気がしている。親なので、子どもから見た親という一面。「教育する人」「叱る人」というイメージだろうか?「働いている人」というイメージも重なる。でも両親の青春時代というものに想いを馳せることはなかった。彼らにも生々しいまでの青春はあったのだと思う。僕らの世代は両親が支えてきた復興という汁を吸って生きてこられた世代なのかなとも・・・

吉田正の当時のヒット曲は、未知のセピア色を想像させてくれる。そこには、いつでも夢が存在していたような・・・

吉田正は、第2次世界大戦中は、シベリアに勾留されたりして大変だったらしい。こう語っている。「私は一度死んだ身だから、だからこそ希望を歌いたい」

両親の青春時代、それはセピア色の「いつでも夢を」・・・

kaz








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# |  | 2018/07/19 10:21 | edit

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