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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

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「プロになるわけじゃないんだし」とはもう言わない。 

 

「別にプロになるわけじゃないんだし・・・」この言葉は、どうも好きではない。同様に、「趣味なのだからそれなりに楽しければ・・・」この考え方も好きではない。なので、ピアノ教室のコースに、専門コースとか、大人のための趣味コース・・・みたいな分け方があるのも好きではない。どうして分けちゃうのだろう?

サークルなどの練習会、70歳の人が演奏したとする。トツトツとした演奏だったとする。でも音楽やピアノが好きなんだなということが聴き手に伝わってくる演奏だったとする。でも、僕は70歳の人の、その演奏に対して「いいじゃない?別にこれより上手くなろうと頑張らなくたって。今のままでいいじゃない?」とは素直に思えなかったりする。それこそ、プロや音大生ではなくても、心のどこかには「上手くなりたい」という願望は誰にでもあるのではないかと僕は思う。たしかに70歳、トツトツと・・・60歳からピアノを始めました・・・となると、微笑ましいというか、なんとなく好意的には聴く。それはそれで素晴らしい。でも、その人は上達したいんじゃないかなと思うのだ。何歳になろうとも。「これでいいんじゃない?」と上限を切ってしまうのは、ある意味差別なのではないかと。90歳になったら、トツトツではなく、流麗に弾けるかもしれないじゃないか・・・そう思う。何歳だろうと、経験が何年であろうと、憧れるという感情はあるとしたら?

この度リサイタルをする。今月の30日。申し込んで、都合が悪くなりキャンセルした人も、またそうでない人も、ブログのメールフォームから申し込んでくれる際に、一言書いてくれる方が多い。キャンセルの場合は、「実は家族の○○が倒れて・・・」とか、聴きに来てくれる人でも「実は病気を抱えていて、それでもピアノは好きだから弾いていて」みたいなこと。なんだか胸が熱くなる。同時に「そうだよね、弾かずにはいられないよね」とも思う。

プロのように弾きたい?コンクールで入賞するような演奏をしたい?バリバリと難曲を弾きたい?そのような人もいるのかもしれないが、ほとんどの人はそうではないと思う。でも上手くなりたいのだと感じる。大ホールでラフマニノフの3番を弾きたいとか、そのような望みではない。でも上手くはなりたい。プロのように・・・ということとは違うと思う。趣味なので、まぁ、楽しければいいので・・・それとも違う。プロのように、難曲をバリバリと・・・そうではないけれど、楽しいとか、それ以上に望むものがある。上手くなりたい・・・

音楽、演奏とはそのようなものかもしれない。憧れを追い続ける。一生追い続ける。

ここに登場するピアノ弾き、おそらくアマチュアの方たちなのだろうと思う。ピティナのコンペティションに受かるような演奏ではないような気がする。でも彼らが追い求めているのはピティナ弾きではないはずだ。なんとなく、憧れを追い続けていて、そしてこのような演奏になるのかなと思う。

憧れには到達できるのかな?できないのだと正直思う。到達できたら憧れではなくなってしまうから。でも死ぬ時に後悔はしないのではないかと想像する。そこには追い求め続けたという想い、その人の歴史が残るから。

プロになるわけじゃないんだし・・・では何で今日もピアノに向かうのか?

30日のリサイタル、若干お席があります。少しは宣伝しないと・・・

ここで演奏している人たち。僕にとって、なんだか「憧れを追っている先輩たち」という気がする。

kaz








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