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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

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グルダ流儀 

 

ラルス・フォークトのCDを聴いてみた。彼が「演奏家は作曲家の召使いです」と言ったからといって、演奏がマズイわけでもないだろうし、ピアニストの判断材料として、召使いだけで判断してしまうのも偏見であろうと・・・

やはり好きにはなれない。それが正直な感想だ。下手ではない。当たり前だが。メジャーレーベルからCDを発売し、ワールドワイドで活躍するピアニストなのだから、上手い。でもフィールドが違うのだなと思う。好き嫌いで判断というよりは、様々なフィールドのようなものがあり、各々立ち位置は異なる。そう考えればいいのだ。ラルス・フォークトのモーツァルトに魅了される人もいるだろう。それに対して「どうしてあの演奏を?」ということではなく、場所が違うのだ。場所が異なるだけで排除してしまう、これは偏見だろう。

ラルス・フォークトとは正反対のフィールドで生きたピアニストだと僕が感じるピアニスト、フリードリヒ・グルダ。彼はこのようなことを言っている。「ベートーヴェンが彼の時代にどのように弾いたかは、誰にも分かりはしない。まぁ、小賢しい批評家のバカどもは、ひょっとしたらご存じなのかもしらんけどね。連中は天国のベートーヴェンと電話で直接話ができるらしいけれど、そんなことは分かりはしない」

僕などはグルダの言葉に心の中で拍手喝采という感じだけれど、やはりこれもフィールドの問題なのだろう。Aフィールドが正しく、Cフィールドは誤りとか、そんな単純なことではないと思う。グルダはこうも言っている。「演奏解釈者は誰しも作曲家について自分なりのつくり話を演奏によってするものだ。そして僕も君たちに自分なりのものを。作品への忠実さなどまやかしだ」

グルダはクラシック音楽における演奏スタイルだけではなく、音楽のジャンル分けということにも触れている。「クラシックの連中がジャズの連中を見下したり、ジャズの連中がクラシックファンを、まるで老いぼれの口うるさいオバサン(?)みたいに見るのはいい加減やめにしようよ」と。

実際にグルダはジャズを演奏した。ジャズのミュージシャンとの共演も多い。このようなことから、僕もグルダって、どこか前衛的で、変わった人だと思っていた。たしかにお堅い「おクラシック」というフィールドに留まらない人だったのだろうが、演奏そのものは、意外と(?)オーソドックスであるように感じる。奇妙奇天烈という演奏ではない。パッと聴いただけで「クラシックの異端児」と感じるような、そのような演奏ではない。そのような意味では、ポゴレリッチの方が前衛的、かつクラシックの異端児のように感じる。

グルダのバッハ、僕だけではなく、多くの人がこう感じるのではないだろうか?「ワッ!キャッ!ジャズみた~い!」と。「学習」「教材」「お勉強」「厳格」という匂いを全く感じさせないバッハだ。楽しそうなバッハ?グルダのモーツァルト、指揮をしながらということは珍しくはないけれど、グルダの指揮ってダンスみたい。「弾きながら踊ってる~」

もしかしたら、グルダは革新的、前衛的なピアニストではなく、自らも作曲をするという意味も含め、幾光年も昔に憧れたピアニストだったのかもしれない。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンが生きていた時代を最も現代に蘇らせたピアニスト・・・バッハは、モーツァルトは、もしかしたらこのように演奏していたのかもしれない。

グルダは生前「モーツァルトの誕生日に死にたい」と公言していたらしい。そして実際にそうなった。心臓発作だったらしい。

kaz






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