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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

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何故ピアノの人はオペラを聴かないのか? 

 

ツラツラと、何故ピアノを弾く人はオペラから遠い存在なのだろうということを考えていた。チケット代?たしかに海外のオペラ劇場の引っ越し公演は高い。「家賃か?」と思うほどだ。気軽に・・・という感じではないよね。歌詞?たしかに歌詞の内容は把握した方が楽しめると思うけれど、英語のロックとかポップスに親しんでいる人のすべてが辞書を片手に英訳しているとは思えない。

オペラのリブレット(台本)って意外なほど、くだらない。憤死してしまいそうなぐらい。音楽がなければ、とても鑑賞できないような代物だ。ヴェリズモオペラになると、週刊誌の芸能ニュース以上に濃いというか、なんというか、そんな世界だったりする。「私というものがいながら、あんな女と?」「いけないのか?」「私はこんなにあんたを愛しているのに!」「お前のそういうところが重いんだよ」「ひ・・・酷いわ」みたいな?

ピアノの場合、どこか真面目、ストイックな面があるのでは?悪いことでもないと思うが、例えば昔の先生は怖かったとか?どこかストイックな要素があり、日本の伝統芸能にみられる家元制度をそのままピアノにも引き継いでしまったかのようだ。芸術に対して、そんな軽い気持ちで取り組むなんて・・・みたいな精神性。「手が痛くなるまで練習するものです。そこを超えてこそ音楽の精神を感じられるのです」

今だったら「パワハラ」とかになるような厳しさ。このような精神性とオペラのドロドロ世界って、なんだか相反する。身を清め、作曲家の肖像画に黙礼してから練習いたしましょう・・・戦後まもなくの日本のピアノ道だったら、こんな雰囲気もあったのかもしれないが、黙礼して「悔しい!あの女のせいだ。毒を盛ってやる!」みたいなオペラの世界には、少し入りにくいかもしれない。つまり、ピアノ弾きのストイックさと、オペラのドロドロとは合わない。なのでピアノ弾きはオペラ好きにはならない・・・違うかな?

オペラって、どんなに練習して、それが辛いものであったとしても、その苦労を出してはいけないような世界だ。一生懸命とか汗とか努力を出したら白けてしまうような世界。ピアノも本当はそうなのだと思うけど・・・

ストイックに努力し、血も汗も涙も味わう。とても立派だし、実際に立派な演奏が生まれるのかもしれないが、それだけではどうにもならない音楽というものもある。例えば、ヨハン・シュトラウスの音楽とか。「まぁ、ここまでのレベルになるには大変だったでしょうね」的なニュアンス、努力とか汗を感じさせたら、まさに崩壊してしまうような何か。その何かを聴き手が認識できて、初めて曲として、演奏として成立するような世界。オペラもどちらかと言えば、シュトラウス側の芸術なのかもしれない。そして、日本人のピアノ弾き、プロもアマチュアも含めて、この種の音楽が実に苦手のような気がする。ピアノ弾きにとって、どこかオペラが遠い理由をツラツラと考えてみたけれど、まぁ、僕の考えというか、印象に賛同する人は少ないだろうとは思う。

ヤンソンスとウィーン・フィルのこの曲、この演奏、立派なだけではない何かが確実に存在している。「楽しければいいじゃない?」というものとも違う。ベルゴンツィのカーネギーホールでのアンコール。なんと、ベルゴンツィ、この時すでに72歳だった。その年齢でここまで・・・というよりは、この雰囲気。客席を温かく包み込んでしまうようなこの雰囲気。これは絶対に、努力とか汗、一生懸命さを聴き手に感じさせてしまっては、ただちに消え去ってしまう種類のものだ。このような音楽、演奏、ホンワカと楽し気なんだけれど、実は厳しさを突き付けてくるような音楽なのかもしれないね。演奏する側にとっては・・・

でも、ピアノの練習に行き詰ったら、オペラを聴いてみるといいと思うよ・・・

kaz






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