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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

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弾き方を変える 

 

「私、ハイフィンガー奏法なんです」と公言して演奏している人はいないと思う。ハイフィンガー奏法って古い奏法、いけない奏法とされている。ハイフィンガー、上からぶっ叩くのような?実際には、ぶっ叩くというよりは、別の特徴があるのではないかと感じ始めている。

音大生、それも難関とされている有名校の学生、つまり日本の優秀な音大生の演奏に、ある共通した特徴があるのではないかと。とても達者なのだ。そうでなければ「弾けてないじゃーん」とか「ダメじゃーん」とか素直に感じるのかもしれないが、非常によく弾き込まれており、一つのミスもないほど表面的な完成度は高い。難曲もなんのその・・・

でも弾けているだけに、こちらに伝わってくるものが皆無だと、ある種のアンバランスというのだろうか、それが気になり落ち着かなくなる。「ここまで達者に弾けるのに何故?」みたいな?

上肢が揺れる人が多い。ついでに顔面表情の豊かな人が多い。そこまでは好みというか、個人の勝手という気もするが、おそらく上肢の動きと関係しているのだと思うが、ブレスというのだろうか、力を入れたり抜いたりするのを、彼らは主に肘で行っているようなのだ。当然前腕、上腕の動きも大きい。僕なりの印象なのだが、このような弾き方をする人の音って、どうも散ってしまうというか、集中されていなくて、バシャンというかボヤンというか、そのような音に聴こえる。つまり大振りによる大雑把な音。

これは自然発生的なものではなく、訓練されているような?つまり世の音大で教えられている弾き方?どのような場面でも、同じような音が続くので、どうしても平坦に聴こえてしまう。弾き込むことで、整いはしているのだが、それが形式をなぞるような、外壁攻めのような?まぁ、このあたりも好みの問題なのかもしれないが。

でも、ハイフィンガー奏法って、とっくに廃れたのでは?中村紘子が井口愛子に叩き込まれた時代、それは昔のことなのでは?でも、弾き方というよりは、あの音・・・アカデミックな場所では、いや、そのような場所だからこそ、いまだに健在なのかもしれない。

幼少の頃に身につけた弾き方を、大人になって一から変えるのは、余程の根性とピアノ愛が必要なのだろう。「その弾き方は基礎から直しましょうね?」と中村紘子がレヴィン女史に言われたのが18歳の時。氏の著書にもあるけれど、それはそれはショックだっただろう。立ち直れないほどに。ピアニストとして活躍するようになってからも、昔のハイフィンガー奏法が見え隠れしてしまうこともあったらしい。自分の演奏の録画を観て気づいたりしたこともあったようだ。それほど困難なことなのだ。当時、ハイフィンガー奏法を叩き込まれた優秀な人たち、また、そのお弟子さんたち、全員が中村紘子のように一から奏法を変えたのだろうか?今では、その人たちは音大の教授とか、そのような立場にいるのではないだろうか?

全員が変えられたとは思えない。変える必要性を感じなかった人もいたのではないだろうか?その人たちがピアノ教育界の重鎮となり、次の世代の学生たちを指導しているとしたら?「そこは底までカ~ンと鳴らして!」みたいな?

個人的には、ハイフィンガー奏法は今も引き継がれているように感じる。引き継いだ学生は、ピアノ教師になる人が多いだろう。またそれが子どもたちに伝わっていく・・・

「断ち切らなければ」中村紘子はそう思ったのではないだろうか?彼女の著作を読んで驚いたことがある。自分自身の師匠のメソッド、つまり井口派という流派を否定した内容の文章を書いたから。勇気あるなと僕は単純に思った。

これは、自分自身の恨みつらみというよりは、中村紘子が国際コンクールなどの審査員をするようになって、日本人コンテスタントの演奏を聴くようになり、また浜松のアカデミーなどで後進の指導にも携わるようになって、感じたのかもしれない。「戦中、戦後の何もない時代なら仕方なかった。でも今も同じことが音大というアカデミックな場所でそれが継承されてしまっているなんて。日本のピアノのために何かしなくては。先生たちは何をしているのだろう?」そのような想いがあったのではないか?師匠、その流派を敵にしてでも訴えたいことがあった・・・

ジュリアード音楽院でレヴィン女史から指摘されるまで、中村紘子はハイフィンガー奏法で弾いていたことになる。「その弾き方は直しましょうね」と言われるまでは。これをご本人が明かしているのが驚きだ。ジュリアード時代以前、つまり毎日コンクール1位も、N響初の世界演奏旅行のソリスト抜擢での演奏も、ハイフィンガー奏法で弾いていたということになる。普通、それが事実であったとしても、他人には明らかにはしないものだと思う。それをあえてした・・・

日本ピアノを変えたかったのだと思う。悪しき伝統を断ち切りたかった。考えてみると、ハイフィンガー奏法ということはよく言われるけれど、ズバリこの演奏がそうです・・・と断定できる演奏はこれだけではないだろうか?ご本人がそう言っているわけだから・・・

敗戦国日本の演奏家が西洋のクラシック音楽なんて演奏できるの?このような偏見が普通だったのではないだろうか?大いなる希望を託した演奏旅行だったはずだ。ピアノを弾くには全く適さないと思われる大振袖で演奏している意味もあったのだろう。

中村紘子、この時16歳。ヨーロッパの人々は驚いたのではないかと想像する。でも肘で抜いたり入れたりしている。上肢の動きも大きい。ハイフィンガーというよりは、どこか「腕弾き」のような?非常に折り目正しい演奏と感じるが、音色の変化には乏しいような?

後年の中村紘子の演奏。派手な腕の動きで有名だったらしいが、僕には「静かな演奏姿」と感じる。上肢がユラユラと動かない。腕の動きというよりは、指先を楽器に入れていくような弾き方に変わっている。この場合、ブレスは肘ではなく手首になるのではないだろうか?

ここまで弾き方を意識的に修正したピアニストを僕は他に知らない。

kaz






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