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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

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教材臭 

 

清く正しく弾く・・・大切なことなのだろう。きちんと弾くというのかな?ある種の曲って教材臭というのだろうか、独特の表現が存在しているように思う。一つはピアノでもヴァイオリンでも、初級教材としてまず接する曲に、その傾向があるように思う。例えば、ブルグミュラーの25練習曲とか、バッハのインヴェンションのような曲。何故か「ピアノ教室の響き」というのか、曲ではなく「教材」として聴こえてくる演奏が多いような?ヴァイオリンだったら、スズキメソードで子どもたちが弾く名曲とか。ドヴォルザークの「ユーモレスク」はスズキメソードの教則本に入っていて、多くの子どもたちが演奏している。でも教材臭を感じたりするのだ。清く正しく・・・悪いことではないし、導入期には必要なことなのかもしれない。

もう一つ教材臭を感じる曲たち、それはバッハの平均律とベートーヴェンのソナタ。幾光年も昔、ピティナのステップに参加したことがある。たまたまだったのかもしれないが、僕以外の参加者は高校生らしき人ばかり。そして全員が平均律とベートーヴェンのソナタ、それも第1楽章を弾いたのだ、たしか、僕はその時ラテン系の曲(グラナドスとか)を弾いた記憶がある。一人浮いていた記憶もある。

何故同じような選曲ばかり???

受験の予行練習のためにピティナのステップに参加したのではないだろうか?どの人も、とても教材臭を感じさせる演奏だった。バッハはノンレガートでポツポツと。ベートーヴェンは、はっきり明快、決してベルカントを感じさせない定規のような弾き方。

いつかは「清く正しく教材臭」を抜け出すのだろうか?清く正しくというよりは、受験に有利な弾き方とか表現なのだろうか?

切なくなるほどの美しさに心が動く、なのでその曲に存在している美を探すために弾く。これってプロ級になってから考えたり、目指したりすることなのだろうか?なぜ導入期で求めてはいけないの?子どもが求めてはいけないの?まずは「しっかり」「清く正しく」ができてから、それを卒業してから美を目指すのが正しい道なのか?

巨匠の演奏に感動しても、まずは「教室弾き」をしてから、次のステップに進むのだろうか?5歳の子どもがクライスラーの演奏に感銘を受けて、ヴァイオリンを習い始めるとする。でも教材を卒業してから曲を弾かなければならないのだろうか?クライスラーに最初から憧れてはいけないのだろうか?

kaz








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