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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

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楽譜開眼の想い出 

 

小学3年生までは、遊び弾きと、ポツポツと音を拾うような雨だれ弾きとの二刀流だった。赤いバイエルが延々と進まず・・・という感じだったのだが、ブルグミュラーがサクサクと合格してしまったことがある。「素直なこころ」とか「アラベスク」などは、教室のヒット曲でもあったので、耳で覚えてしまった。楽譜なしで「これは弾けます」とレッスンの時に弾いてしまった。正確には合格ではないですね。基本に忠実な(?)先生だったのかもしれない。「弾けているけれど、これはバイエルが終わらないと弾いてはいけないのよ」などと言われたので。

停滞のピアノレッスン・・・という日々だった。その頃、僕に音楽を聴かせてくれたり、演奏会に聴きに連れていってくれた大学生がいた。この人は往年系のピアニスト、あとは声楽が好きな人で、レコードなど聴かせてくれた。僕の音楽嗜好はこの時に決まったような気がする。この人がコレッリの演奏会に連れていってくれたのだ。僕にとっては初めての生演奏体験だった。何というか、この時の衝撃は一生忘れられないものとなった。「音楽とは、演奏とはこのようなものなのか?」みたいな?

その時決意したのだ。「楽譜を読めるようにするんだ」と。それまでの遊び弾き、なんちゃって弾きは楽しかった。でもピアノって楽しいだけのものでもないんだな・・・と。もっと深いというか?その頃はホフマンとかローゼンタールのショパンを聴いていたので、希望としては、いきなりショパンの曲を弾いてみたかったのだが、楽譜開眼にあたりショパンに挑戦しなかったのは、子どもなりに賢い選択だったと思う。当時もバイエルとかブルグミュラーの模範演奏的レコードも発売されていたと思うのだが、僕は知らなかった。

代わりに思いついたのが、発表会レパートリー的な曲。その種の曲のレコードは持っていて、耳に馴染んでいた。「なんちゃって弾きではなく、きちんと読めるようにしよう」

普通は視覚的情報を習ってから音にしていくのだろうが、僕の場合は完全に逆になった。音とかサウンドは耳で捉えていたので、視覚的な情報を後から確認していったのだ。この音は楽譜だとこうなるのか、長い音は白いわけね?この記号は黒鍵を弾けばいいのね、そうするとこの調が再現できるわけね。指はそれぞれ5本しかないから、楽譜に記されている数字の指で弾けば、5本でも弾けるのね・・・等々。

選んだ曲はワイマンの「銀波」という曲。サウンドとしては非常にゴージャスな曲だ。一般的常識だと、赤本バイエルの生徒が弾く難易度の曲ではないのだろう。でも当時の僕は「単純な繰り返しなのでは?」と思ったのだ。派手な割には、規則的な音楽というのだろうか、楽譜開眼として僕には合っていたと思う。

オクターブの連続で腕が痛くなってしまったりしたが、僕なりに痛くならない弾き方を試行錯誤してみたりした。僕のピアノ人生の中での最大の失敗は、楽譜開眼を日頃のレッスンとは別物にしてしまったことだ。「銀波」とか「アルプスの夕映え」のような曲を読譜して弾けるようになると、後にはショパンのワルツなども視覚的にからも読めるようになると、チマチマとバイエル・・・という気分ではなくなってしまった。先生に相談はした記憶がある。「そんな難しい曲、あなたに弾けるわけないじゃない?」という言葉に傷ついた記憶は鮮明だ。それでもレッスンでの曲と実際に弾ける曲との一致、難易度の改定のような、そのような努力はもっと必要だったと後悔している。

「銀波」の作曲者、ワイマンには非常に感謝している。楽譜が読めたという感覚は、霧が晴れていくような、朝日が昇り、景色が鮮明になっていくような感覚だったから。

音楽というもの、それはレッスン室、ピアノ教室での教材という狭い範囲でのものではなく、人間の心を動かしてしまうほどのものなのだという開眼をさせてくれたコレッリにも感謝している。

kaz






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