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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

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プログラムの曲目解説 

 

リサイタル、プログラムは作成するのだが、今は曲目解説に取り組んでいる。やはり曲の解説はあった方がいいと思う。聴きに来てくれる人の、ほとんどがピアノ関係者だとは思うけれど、それでも曲の解説は必要だと思う。

そう、何を書くか、ここが難しいところだ。一般的なこと?例えば曲の形式がどうとか、テーマが何調で再現されてとか、何年に作曲されてとか、「バラード」とはこのような意味で・・・とか?むろん、このようなことは、ある意味必要な情報なのかもしれないが、今回は演奏者として聴き手と共有したいことを書き込もうと考えている。難しそうだけど。

曲の解説というよりは、曲と自分との関わり・・・のような?「ゴイェスカス」だったら、グラナドスについての一般的情報とか、「ゴイェスカス」って何・・・みたいな情報よりは、この曲が人生における究極の目的、「無償の愛を知る」というテーマで、成り立っているのではという主観的な想い。無償の愛という意味では、グラナドス自身がそのことを実践し命を落としたという事実。このようなことを書き込んでみたいなどと思う。

ツラツラ考えてみると、このような「想い」を他人と共有したいという欲求が僕には強くあるのだと思う。ピアノを弾く理由は、ピアノが好きだから・・・ではあるが、上達したいとか、曲を弾きこなしたいという欲求よりは、自分の感じた想いのようなものを共有してみたいという欲求の方が強いように思う。

「ねぇ、聴いて聴いて!こんなに素敵な曲があるんだよ」みたいな?

これって子どもが「ねぇ、見て見て!自転車に乗れるようになったんだよ」とか「ママ、見て、逆上がりができるようになったんだよ」・・・みたいな感覚と近いように感じる。僕の欲求って幼児並みということか?

弾きこなすことも大切だと思う。停滞ばかりしていたり、崩れてばかりいたら、想いがあっても人には伝わらないと思うし。でも弾きこなせても、目的「ねぇ、聴いてよ」の中身というのだろうか、そのような想いが存在していなかったら、やはり人には何も伝わらないのではないかと思う。弾きこなすとか、そのようなことって目的ではなく手段なのではないだろうか?

僕の場合、目的は、幼児のような「ねぇ、聴いて聴いて・・・」という想いを他人と分かち合うことなのだと思う。

自分がどこまで・・・というよりは、「一緒にどう?」みたいな?

kaz




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category: リサイタル 2018

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