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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

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自己肯定 

 

自分が受けた義務教育を思い返してみると、あまり褒められた覚えはない。それほどの劣等生でもなかったように思うが、どちらかと言えば、欠点を指摘され、それを補うように指導されてきたように思う。長所を自覚し、そこを伸ばしていくというよりは、欠点や苦手なものを克服していきなさい・・・みたいな?

割と現在のピアノライフでも、その感覚が残っている。弾けないところ、自分にとって苦手なものを克服していくのが練習であると思っているところがある。最近、ピアノを弾いていくうえで、自己肯定の感覚も必要なのではないかと感じ始めている。たしかに、全く弾けてもいないのに自画自賛するというのは、傲慢であり、錯乱であるのかもしれないが、例えば他人が自分の演奏を褒めてくれた時にも、まずは「いえいえ、まだまだで・・・素人だし・・・」みたいなスタンスを貫いてきたところがある。そして、それを日本人的(?)美意識と感じたりもしていた。一応自分を下げておかないと・・・みたいな?そうしないと何を言われるか分からないし・・・みたいな?

ブラジルとかベネズエラといった南米の国々にはスラムというものがある。残念なことに、大人だけではなく、子どもたちも、売春、麻薬、暴力、殺人といったものと隣り合わせの世界が存在しているらしい。自分たちは貧民層なのだからという現実。その中でクラシック音楽の力で、子どもたちの自己肯定感覚を養おうとする教育システムがある。素人の分際で・・・とか、そのような方向性ではなく、「音楽を愛して楽器を手にしたら、あなたは音楽家なのだよ」という方向性。

ブラジルのスラムにオーケストラが誕生した。そのオーケストラのメンバーは、外国の一流音楽院の卒業生などではなかった。貧しいスラムの貧民層出身者。「クラシックという武器が君たちにはある。君たちは音楽家なんだよ」そう言われて育った。この映画は、そのオーケストラが誕生するまでの過程を描いた実話なのだそうだ。

ベネズエラの「エル・システマ」という教育システム。子どもたちに無償で楽器を提供し、音楽教育を施していく。数多くのオーケストラがベネズエラに誕生した。ほとんどのメンバーは貧民層出身なのだそうだ。

クラシック音楽は、生きていくための武器になる。そのような世界もあるのだ。

根底には、自己肯定感覚を否定しないという考えがあるように思う。たとえ貧しくても、人間には生きていく権利があり、幸せな人生を歩んでいく権利がある。時に、クラシック音楽が、そして楽器を弾いていくという行為そのものが、生きていくうえでの武器になる。

「ああ、弾けない」と感じる。そうだとしても、自分の長所はないだろうか?たとえ弾けている部分が20パーセントでも、80パーセントのダメな自分を嘆くよりは、20パーセントの長所を伸ばしていくと考えた方がいい場合もあるのではないだろうか?

kaz






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