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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

「ラ・メール」 

 

アムランに「in a state of jazz」というCDがある。そこで彼はワイセンベルク作品を演奏している。ソナタとシャルル・トレネが歌ったシャンソンをワイセンベルクが編曲した作品。このワイセンベルク編曲のトレネ作品、最近は演奏される機会も多いように感じる。これはアムランの功績なのではないだろうか?

アムランの演奏、ワイセンベルク編曲作品に限らないのだが、あと少しの魅力、魔力が欲しいような?「何これ?」なんて感じない。素晴らしい出来栄えなのだと思うし、熱狂的アムラン信者が存在しているのも納得な感じではあるのだが、個人的には今一つ夢中にはなれない。嫌いではない。でも好きでもない・・・みたいな?

ワイセンベルクは何故トレネのシャンソンだけを編曲したのだろう?シャンソンの名曲・・・ではなくトレネのシャンソンだけ・・・

シャルル・トレネという特定の歌手にワイセンベルクは何かしらの思い入れがあったのかもしれない。

トレネは一度引退をしている。「もう40年もシャンソンに人生を捧げてきた。他にもしたいことがあるんだ。旅行とか読書、あとは何もしないこととか・・・」

復帰をしたのは1987年。トレネ74歳の時。彼はこう言っている。「僕は永遠に25歳なんだ」「アーティストが舞台を降りるのはお客さんに見放された時」

トレネの代表作「ラ・メール」・・・この動画は1993年のものみたいなので、トレネが80歳ぐらいの時の歌唱なのだと思う。永遠の25歳だねぇ・・・

♪ 海は何もかも包んでくれる。海は愛の歌で僕の心を慰めてくれる

パリがナチスに占領されていた頃、列車から見えた地中海を見たトレネが、トイレットペーパーにサラサラと詞を書いたという逸話が残っている。

トレネのシャンソンって、枯葉舞い散る哀愁のパリではなく、涙にくれる女性でもなく、愛に包まれたシャンソンだったのではないだろうか?ワイセンベルクはブルガリア時代、ユダヤ人ということでナチスの強制収容所に収容されている。故国を抜け出し、他のユダヤ人がそうだったように、彼も世界中を流浪した。拍手に包まれた華やかな人生と共に、漂う寂しさもあったのではないかと想像する。

愛で包み込むようなトレネのシャンソンは、ワイセンベルクの終着点だったのかもしれない。

kaz




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category: リサイタル 2018

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