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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

本番当日の呟き 

 

僕の演奏をリアルに知る人の中には、とても麗しい誤解をする人もいる。「kazさんて緊張とかしないんですか?」緊張しますね。していないように見えるのかもしれないが、緊張しています。本番当日の朝など、4時に目覚めてしまうほどの小心者なのだ。手も震えるし、緊張しますねぇ。

新しい曲を譜読みする時、まずは全体をワーッと弾く。この時は「なんちゃって弾き」状態である。細かなパッセージなど目茶目茶である。感覚としては3段譜をピアノで弾く感じだろうか?むろん全部の音は手は2本なわけだから弾けない、端折るわけだ。でも和音構成音などは、瞬時に把握し、メロディーも拾う。そしてワーッと・・・・

「そんなの変!」と言われる。多くの人は、譜読みというのは、印刷された一つ一つの音符を視覚的に読み、鍵盤に移し音にしていくようだ。その方法が一般的であるとすれば、僕の譜読みは「普通でない」のかもしれないが、部分練習は多くの人よりも徹底していると思う。なぜならピアノの練習は隙間時間を活用しているので、全体を通したらそれだけで終わってしまうから。おそらく、通して弾くというのは、譜読み段階、あとは本番・・・というのが僕の場合普通だった。

部分練習はいいことだ・・・みたいな世の中の風潮もあり(?)僕もそこに便乗していたように思う。出勤前にちょっと練習・・・みたいなパターンが多いので、部分練習しかできないということもある。譜読みから本番まで、総合練習時間は、おそらく人よりも僕は少ない。世のピアノの先生が延べの練習時間を知ったら卒倒してしまうのではないか?それぐらいに少ない。でも僕の生活の中心はピアノではない、仕事である。あとは生活。余りの時間をピアノに使うしかない。

練習時間が少ない、そのコンプレックスが部分練習に僕を走らせるということもあるのだと思う。

本番直前、自分の出番の直前に、それまでの「部分練習感覚」から、いきなり「音楽的にウッフ~ン」と自分を変身させることはできない。細部→全体という練習時の自分を引きずってしまう・・・

部分練習を徹底すると、どうしても細部→全体というイメージになる。人の演奏は細部ではなく全体を聴く。だから細かなミスは気にならないのだ。惹かれるか、そうではないか・・・で聴いたりする。つまり全体→細部という感覚で人の演奏は聴くのだ。

自分の演奏、おそらく本番では細部→全体という感覚を残したまま弾いてしまう。部分練習感覚が本番でも残っているのだ。なので細かなミスが異様に気になるのだ。

出掛けるまでに数時間ある。他人感覚で全体をチェックしてみよう。「あっ、ここ弾けない」ではなく全体を。人は全体を聴くしね。

アルフィー・ボーの声、安定性、誰もが上手いっ・・・と感じる歌唱、譜読み段階からそこを目指した。部分練習でも流麗さを目指した。部分練習を重ねるうち、アラン・ジャクソンのような「噛みしめる味」のようなニュアンスを忘れていた。初めて曲に出逢った時には感じていた何かを部分練習を重ねるうちに忘れていた。

今日はショパンを弾くので、アルフィー・ボー+アラン・ジャクソン、そして最近知った歌手なのだが、このピーター・ホーレンスの歌唱をプラスした感じで、細部だけではなく、全体を意識して練習してみようと思う。

自分が他人だったら、この演奏どう思う???この感覚。全体→細部・・・という本番法則。

kaz




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