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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

マイ・アマデウス 2 

 

モーツァルトに限らず、ハイドンやベートーヴェンもだが、人前でソナタを弾いたことは少ない。唯一K.332は練習会で演奏したことがある。ソナタが好きではないとか、古典派が嫌いというのではないと思う。おそらく、子どもの頃、「次はモーツァルトのソナタをやりましょう」的な経験がスポッと抜けているからだろう。

そのことに関係していると思うが、古典派ソナタに関しては、学習者ではなく、完全に鑑賞者としてつきあってきたため、どうも一つの楽章だけ抜粋するということに違和感を感じてしまう。「悲愴」の第3楽章だけ弾くとか、唐突感を感じる。これはレコードやCDを聴いてきたからだろう。いきなりレッスンで渡される・・・ではなく。第1楽章だけというのも、なんだか「途中では?」みたいな感覚がするのだ。

なので人前では弾けない。練習会では時間制限があるから。K.332は、提示部など繰り返しをカットすればギリギリ15分以内で演奏可能。でもリピートカットも違和感を感じる。これも音源で曲とつきあってきたためだろう。耳が繰り返しや全楽章演奏に慣れてしまっているのだと思う。僕だけではないんじゃないかな?例えば「トルコ行進曲」をすべてリピートなしで演奏したら、やはり違和感を感じる人は多いのではないかな?どうだろう?

もう一つの理由として、モーツァルトのソナタの場合、ピアノのよりはヴァイオリン・ソナタに惹かれる。特にホ短調、K.304に萌えてしまう。「ピアノ・ソナタを頑張るのだったら、むしろK.304を弾いてみたい」

でもピアノパートだけ弾いてもなぁ・・・家で弾くだけだったら楽しいのだが・・・

モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ、ヴァイオリンの人は正直どう思っているのだろう?むろん名曲だとは思うが、ヴァイオリンのソナタというよりは、「ヴァイオリンのオブリガートつきピアノ・ソナタ」という感じではある。ヴァイオリンの人にとっては、どこか「お弾き損」的な感覚はないのだろうか?ピアノは楽しそうだけれど・・・

kaz




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