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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

星になったお父さん 

 

フリッツ・ヴンダーリヒの父親はチェロ奏者であり、またカペルマイスターでもあった。母親のアンナはヴァイオリニストだった。幼いフリッツが音楽的な環境に恵まれていたと想像するのは難しくはない。おそらくそうだったのであろう。

父親のフリードリヒはナチスによりカペルマイスターの地位を奪われ、また戦争で重症を負ったこともあり、フリッツが5歳の時に自殺をしている。アンナは子どもたちに不憫な思いをさせたくないと、音楽教師として必死で働いた。それでも一家の生活は相当苦しかったようだ。フリッツ自身も働かなければ生活していけなかったらしい。

フリッツがパン屋で働いていた時、「お前、パンを練ったり焼いたりしている場合じゃないだろ?その声・・・」

フリッツは歌よりも金管楽器に最初は魅せられていたようだ。また音楽だけではなくスポーツにも熱中していたとされている。よく見ると、フリッツの鼻は変形しているらしい。これはボクシングの栄誉の痕跡(?)でもあるとされている。やはり神から授けられた声を自覚し、フリッツは声楽を本格的に学び始める。レッスン代は自分で稼いでいたらしい。

ドイツを代表するリリック・テノールとして成長していく。フリッツの声、それはミューズに祝福されたギフトであったのかもしれない。ハープ奏者のエヴァと結婚し、3人の子どもを授かる。

フリッツにとって大切だったもの、それはむろん音楽、歌であったのだろうが、彼は家族というものも非常に大切にしたのではないかと思う。多くの残された家族との写真からも、そのことを感じさせる。自分自身は5歳の時に父親を失っている。母親は常に必死で働いていた。苦しい生活だからこそ自分は何かに熱中したのだ。

もし自分が家庭を持ったなら・・・

愛情を注いであげたい・・・このような想いがフリッツにはあったのではないだろうか?

歌手としてのキャリア、父親としての幸せ、そのどちらも頂点に達しようとする時、不幸が襲った。友人の別荘で過ごしていた時、フリッツは階段から転落し、その翌日亡くなってしまう。頭蓋骨骨折、事故死ということになる。36歳の誕生日の直前だったらしい。

35歳という年齢を考えると、非常に多くの録音が残されている。我々は「永遠の青年ヴンダーリヒ」の声を聴くことができる。フリッツの熟年期の声、もうこれは想像しかできない。例えば彼が50歳を過ぎてシューベルトの「冬の旅」を歌ったら、それはどのようなものであっただろう・・・

偉大な歌手は突然星になってしまった。残された家族はどうしたのだろう・・・

kaz




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