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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ジャッキーというピアニスト 

 

国際コンクールの覇者に対して、ある種のレッテルを貼り付けてしまっているだろうか?バリバリ派で達者なのだろう・・・みたいな?僕の場合、あるかもしれないなぁ・・・などと思ったりもする。コンクール優勝直後は騒がれる。CDや来日公演などにも美辞麗句が踊る。まぁ、「コンクール前まではただの音楽学生でした」などとは書けないだろうと思う。実際にはそれが事実だとしても。

美辞麗句が、こちらの過剰な期待を誘う・・・みたいなところはあるだろう。実際、どの人も上手で達者ではある。需要と供給ということを考えれば、明らかにピアニストの数が多いのだ。とりあえず一時的にも世界的に名前が知られる、このことは大きいだろうと思う。地球の裏側で地道で誠実な活動をしている無名のピアニストがいるとする。でもその人の演奏を知るのは難しい。一期一会の巡り合いでユーチューブで・・・みたいなこともあるだろうが。いくら供給過多になろうと、コンクールはなくならないと思う。

ちょっと寂しいのは、優勝直後には騒いでも、次のコンクールの新たな優勝者が現れると、もうその人にワーッと注目が集まってしまいがちになること。それは仕方ないことなのかもしれないが、ピアニストは肩パッドや厚底サンダルではないのだ。長い目で聴いて(見て?)あげようよ・・・みたいな?

コンクールの恩恵をコンテスタントたちは受ける。そうなのだが、長いスパンでピアニストを見守ると、逆のパターンが起こってくる。その後の優勝者の活躍が、コンクールの価値を高める現象が起きてくる。アルゲリッチ、ポリーニ、ツィメルマンを輩出したショパンコンクールの価値、名声は、彼らの現在までの活躍により高まってきたとも言えるのではないか?コンクールそのものが、過去の優勝者の恩恵を受ける・・・

不思議なのだが、個人的に「好みだな」というピアニストを輩出してきたコンクールがある。ショパンコンクールではありません。リーズ国際ピアノコンクール。このコンクールの歴代優勝者、割と僕の好きなピアニストが多いのだ。

優勝者のその後の活躍が、出身コンクール(?)の名声を高める、リーズの場合は、1969年にラドゥ・ルプー、そして1972年にマレイ・ぺライアを輩出したことが大きいだろうと思う。あとは1978年のミシェル・ダルベルトとか。彼らってバリバリ派という感じではないよね。個人的には、1966年の優勝者、ラファエル・オロスコ、そして1975年のドミトリー・アレクセーエフなどが好きなピアニストだ。リーズと僕の相性はいいようだ。

日本と欧米で知名度が著しく異なるピアニストっている。日本人ピアニストの場合、数人を除けば、国内では超有名でも海外では「誰ですか?」となる可能性はある。それ自体は普通のことなのかな・・・とも思う。逆に、ある意味ローカルな存在(?)であるピアニスト、つまり日本人が日本人ピアニストを応援するということは、大切なことでもあるように思う、地元出身のピアニストを応援する・・・みたいな?

ただ逆もあるのだ。欧米では、ある程度の活躍をしていて、実力もあるのだが、日本では「誰それ?」的なピアニスト。

リーズで1984年に優勝したカナダ人のジョン・キムラ・パーカーというピアニスト、今の日本でどれだけの人が知っているのだろう?優勝直後、たしか日本にも来日したと記憶している。僕はその時、彼のブラームスの第1番のコンチェルトを聴いた記憶がある。いい意味でチマチマしていない、大きなピアニストだと感じた。高いポテンシャルを感じさせるような?人気は日本に定着すると思ったのだが、そうでもなかったような?知っています?ジョン・キムラ・パーカー?

現在はアメリカに拠点を置いて活躍中。ある時期、僕はアメリカに住んでいたので、彼の演奏を聴く機会は少しあった。カナダ、そしてアメリカでは「ジャッキー」という愛称で呼ばれているピアニストだ。

kaz




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