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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

今年最後に発想転換 

 

僕がピアノを再開したのは2009年らしい。記憶が定かではなく、日記をつける習慣もないので、サークルのホームページで調べてみたら、その年のようだ。2009年の6月に初めてサークルの練習会でショパンを弾いている。あれから8年かぁ・・・

再開した当初はコンプレックスだらけだったような?世間で「~であろう」「~あるべき」みたいなものから大きく外れた自分のピアノ歴が恥ずかしかった。

子どもの頃、6年もピアノを習っていたけれど、とうとうバイエルも終わらなかった。その後30年以上ものブランクがある。自宅には電子ピアノしかない。

僕がバイエルに苦心していた頃、ソナタやショパンのワルツなどを弾いていた優等生、サークルって、そのような元優等生の集まりなんだろうな・・・と。インヴェンションやチェルニーを学習してこなかった、このことは聴く人が聴けば分かるんだろうな・・・とも。

基礎力が不足している、そう言われる、そう指摘されるのを何よりも恐れた。かと言って「チェルニー30番から学びましょう」というのも、心のどこかで「それは違うのでは?」とも薄々感じていた。でもコンプレックスがあったのは事実だ。「きちんとピアノを習ってこなかった」「途中で辞めたとしても、チェルニーの40番とかハノンとか、きちんとやってきた人と自分は違うのだろう」そう思っていた。

再開後、初めてピアノのレッスンを受けた。たしか、ショパンのマズルカとハイドンのソナタを弾いたと記憶している。僕は恐る恐る先生に質問したと思う。「ハノンとかチェルニーをやったことがないんです。やるべきでしょうか?」先生は「そのようなことがお好きなんですか?」と質問してきた。好きなわけではないと答えると、「ではやらなくていいです」と・・・

「これから一緒にどんな曲を勉強してみたいですか?」先生の質問に、しばらく迷った。「あの、ショパンのバルカローレを弾いてみたいんです。無理でしょうか?」「ショパンがお好きなんですか?弾いてみたいのだったら弾いてみるべきでしょう?」

6月のサークルの練習会でショパンのバルカローレを弾いた。誰も僕が、かつてバイエルも終了できなかった劣等生だとは気づかなかった。「素晴らしい!演奏活動とかなさっているんですか?」などと、とんでもないことを質問してくる人もいた。

その時、自信がついた・・・とは言えない。でも練習会(+打ち上げ)の帰り道、ある種の発想転換のようなものが出来たような気もする。

「僕は基礎がないんだ。きちんと教材を勉強してこなかったんだ。なんちゃって~と自己満足で弾いているだけなんだ」そのような想いを消すことはできなかったけれど、こうも思えたのだ。

チェルニーやハノンをワシワシと弾いてはこなかったけれど、往年の巨匠ピアニストや偉大な歌手たちの録音を聴いてきた、そして涙してきたという歴史が自分にはあるのだ・・・と。欠点や弱点もあるだろう。でも聴き続け、憧れ続けてきたという強みもあるのではないか?

まずは一応弾けてから・・・それができたら・・・という手順を自分は踏まない。それもどこかコンプレックスではあった。でも、そうでなくてもいいのかも?いきなり熱い想いを曲にぶつけてみるやり方があってもいいのかも・・・異端児でもいいじゃないか?僕はピアノを弾くことで心を熱くしたいのだ。弾くことで熱いものを放出したいのだ。

ピアノに限らずだが、「なんで自分は~なんだろう?」などと感じた時、それは世間一般で言われていることと照らし合わせ、それと合わないから、自分は基準から外れているから・・・ということで自分を下げて劣等感、不幸感を感じてしまってはいないだろうか?

たまには発想転換を試みてもいいのではなかろうか?結果的には変わることはなくても、「なんとなく多くの人がそうやっているので」みたいなものを定期的に見つめてみるのもいいかもしれない。自分に訊いてみる・・・みたいな?「本当に自分はそうしたいの?そう思っているの?」と。

この巨漢の男性、マイク・パロウさん。身長193㎝、体重136㎏。まるでプロレスラーのよう。はい、この方はプロレスラーです。警察官の父、日曜学校の教師である母に育てられ、クリスチャンの学校に通っていた。厳格な家庭だったのだろうか?

マイクさんは自分がゲイであるかもしれないと幼い頃に感じた。でもテレビに登場するゲイキャラクターは女々しく、いわゆる「お姉キャラ」のような人たちばかり。「僕はあんなじゃない・・・僕はゲイなんかじゃない」意識的にフットボールなどスポーツに熱中するようになった。

20代になるとゲイであるということは否定できなくなった。否定はできないが真から肯定などもできない。レスリングに集中し、プロレスラーとして活躍するようになった。フロリダ州では、かなりの有名レスラーにもなった。

「もしゲイだと世間に知れたら?今までのキャリアもすべてなくなってしまうのでは?」マイクさんは自分の殻に閉じこもるようになっていった。精神科を受診し、コンバーション・セラピーなども受けた。「僕はゲイなんかじゃないんだ。僕は治るんだ」精神科医に「治るとか、治らないとか、そのようなものではない」と言われても納得できなかった。

そんな暗黒の中にいたマイクさんを救ったのがフィアンセのモーガンさん。「彼は、ありのままの僕を愛してくれる。認めてくれる」

マイクさんは周囲にカミングアウトをし始めた。正式にプロレスラーとしてカミングアウトをしたのは、オーランドのナイトクラブ「パルス」での銃撃事件の後。そこで多くのゲイの人たちが射殺された。犠牲者の中に、かつてマイクさんを励ましてくれた、時には𠮟咤激励してくれた人が複数含まれていた。

彼らはマイクさんにこう言ったのだ。「怖がっていないで助けろよ」僕が助ける?誰を?どうやって?

こうも言われた。「あなたがカミングアウトをするというのは重要な意味があると思うの。ゲイの男性ってなよなよしているみたいな偏見があるじゃない?あなたのようなアスリートがカミングアウトすることで、多くの14歳、15歳の少年たちが自殺を思いとどまるかもしれない・・・」

マイクさんは発想の転換をしたのだ。

「人は本当に理解する必要があると思うんだ。みんなが同じわけではないということを・・・」 マイク・パロウ

kaz




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