FC2ブログ

ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

早すぎたピアニスト 

 

大変に古い話だが、ある女性ピアニストがデビューリサイタルをした。昭和20年代だったのではなかろうか?コンクールに受かって翌年に・・・みたいな感じ?まだ高校生だったのではないだろうか?時代が時代なだけに(?)将来有望な若手のホープみたいに期待されてもいただろう。中村紘子さんよりも前の時代・・・と言うと分かりやすいだろうか?

当時は(今も?)新聞に批評が載った。そのピアニストのリサイタルの批評は、当時の重鎮、山根銀二という人が書いていた。無論、僕が生まれていない頃の話なので、実際にその新聞を読んだわけではない。そのピアニストの日記が出版されていて、そこで知った。

「将来有望の人である」と最初にあり、これはいいのだが、「黒鍵」のようなものはいいが、「舟歌」のようなものは当然ダメであり・・・と続き、「ダメであり」って?と思ったものだ。批評家が、ただ「ダメであり」とは?

「このような段階で人前で聴かせようとするよりも、まだやるべきことがあるのではないだろうか?」とその批評は結ばれていたと記憶している。これってパワハラなのでは?当時はそのような重鎮の批評を「ありがたや・・・」と受け取っていたのだろうか?この雰囲気が当時のピアノのレッスンというものにも反映されていたのかもしれない。このピアニストは永井進という、これまた当時の重鎮教授(?)に師事していたのが、日記によると、厳しいを通り越して「怒鳴る」みたいなところがあり、生徒は緊張し、時には泣いてしまう・・・のようなレッスンだったようだ。このようなパワハラレッスン(?)も当時の人は「ありがたや・・・」と受け入れていたのだろうか?

ワイセンベルクも日本での批評は、あまり芳しいものではなかったと記憶している。中には絶賛批評もあったのかもしれないが、スーパー技巧、スーパーサウンドを讃えつつも、「冷たい」とか「技巧的すぎる。サウンドとしての心地よさは認めるとしても音楽とはそのようなものだろうか?」的な批評が多かったように思う。

魅惑的であることが、人間が心を動かしてしまうということが、ある意味音楽の神聖さを犯す・・・のような?神聖なるバッハは魅惑的にではなく、僧侶のようにノンレガートでポツポツと弾くべし・・・みたいな?ワイセンベルクは、そのような音楽神聖主義のエリートには受けなかったのだろうか?だから僕のような「大衆」に受けたのだろうか?

ワイセンベルクは日本でも「大衆」には絶大なる人気があったので、来日公演も多かったような気がする。ただ時期が早すぎたのかもしれない。絶大な人気を誇っていたのは1970、80年代だったように思う。もし、今ワイセンベルクのようなピアニストが日本に紹介されていたらどのような評価をされるのだろう?大変に興味深いところではある。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング
スポンサーサイト



category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

コメント

 

△top

コメントの投稿

 

Secret

△top