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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

本当は何がしたいのか? 

 

これはクロアチアのCM。エルステ銀行って、たしかオーストリアの銀行だと記憶しているが、その銀行のクロアチア版のCMなのだろう。すべてのクロアチア人が一つのものに向かって歩いている・・・というメッセージを感じさせる、ある意味シンプルな映像だ。

このCMにクレームをつけた反LGBT団体があったのだそうだ。「クロアチア社会の基盤を傷つけるCMである」と。正直、「どこが?なんで?」と僕は思ったのだが、おそらくゲイのカップル、トランスジェンダーと思われる人も歩いているからかもしれない。映像として登場するのは一瞬・・・なのだが。反LGBT団体の人たちは、そのような人たちを、クロアチア人としては認めないということなのだろうか?

僕のように、「えっ?どこがいけないの?」と思う人がいる。反対に「大企業の全国に流れるCMなんでしょ?ちょっとそれは・・・」と思う人がいる。それは当たり前のことと感じる。でも多数派としてなんとなく「ゲイ?なんだかいやね」と流されてしまうのはどうなのだろう?

少数派になる、そのことを自覚する、これは大変に勇気の必要なことだ。「最近、ゲイとか同性婚とか、いやですわねぇ。健全な社会が乱れると思いません?」これに対して「そうですわねぇ」と、なんとなく融合してしまうのは簡単だし安全だ。融合せずに「でもその考えは人間としてどうかと思うわ」と自分の考えを言ってしまったら?ママ友のお友達リストから外されたり、マダムランチ会のリストからは削除されてしまうかもしれない。

いきなり話題は変わるけれど、ピアノ教師という仕事は孤独なものだと思う。個室で生徒以外と会わずに過ごす。「他の先生はどうしているのかしら?」情報の共有のようなことは必要なのだろう。多くのピアノ教師は昭和ピアノ時代に修業している。「大変だったわ・・・」という想い。情報を共有して、過去の反省点も含めて、自分はアンテナを張り巡らし、情報を求めていきたい・・・こう感じるのは、ある意味自然なことかもしれない。

「成功する発表会のコツ」のようなセミナーがあったとする。ただ生徒が次々と演奏する従来のトコロテン方式の発表会ではなく、様々な企画がある。保護者も交えての一体感のある出し物とか?合奏や合唱、音楽劇とか、ロビーには生徒たちが音楽について調べた掲示物の数々・・・

「素晴らしいわ・・・」

こう思う人は、そのようなセミナーに参加して研究すればいいと思う。でもピアノ教師全員が「素晴らしいわ」と思ってしまうのには恐ろしい感じさえ抱く。そう思わないピアノ教師は少数派なのだろうか?少なくともチラッとピアノ講師ブログを覗くと、一般人は「企画満載発表会」が主流なのだろうと感じるのではないだろうか?

もしかしたら、本当にそのような発表会を自分もしたいのではなかったら?「遅れている教師と思われたくない」という気持ちがどこかに潜んでいる可能性は?

本当の自分の気持ちを一度確認してみる、これからの時代はそれが必要となってくるのかもしれない。

私はピアノの魅力にハマってしまった。辛い思いもした。でも続けてきた。やめるとか、思わなかった。それはピアノが好きだから。自分はそのようなレベルに到達していないかもしれないけれど、ある種の演奏は自分の心を動かすことを、その魔力を知ってしまったから。自分もそのような世界にいたいから。この熱いピアノ、音楽への想いのようなものを、次の世代に伝えたい。だからピアノ教師をしている。だから私は音楽勝負のトコロテン発表会にこだわりたい・・・

企画満載驚きのピアノ発表会、トコロテン式ピアノ発表会、どちらもありだろう。でもワーッと多数派に融合していることはないだろうか?

kaz




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