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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

何故今練習しているの? 

 

「Aではないのね、ではZでしょ」「Zじゃないでしょ?Aでしょ?」このどちらでもない、AでもZでもないことってないだろうか?多くの人がAだと言っているのに「それってBかMじゃない?AからZすべてという場合もない?」と考えてみるのは不自然なことだろうか?

「ピアノのレッスンを受ける場合、生徒は練習をした方がいい」黄金の法則ですね。僕も「練習なんかしなくてもいいじゃない?」とは思わない。でも生徒が練習をしていなくても意味のあるレッスンというものもあるかもしれない。「レッスンで先生が譜読みのお手伝いをしている。これって勿体なくない?お金払って一人でできることをレッスンでしているなんて・・・」それはそうだが、それが黄金法則になってしまうと、レッスンがあるから練習をする、これではあまりにも先生に失礼・・・みたいになりすぎて、誰のために練習しているのか分からなくなる可能性もある。そもそもピアノのレッスンって、日頃の練習って「曲を仕上げる」のが目的なのだろうか?

あまりその曲を生徒が弾けない状態だとしても、生徒自身は自分の演奏を「なんだかな・・・」と感じているものだ。たとえ弾けない状態でも、音の出し方とか、響きの対比とか、起承転結がクリアに聴こえてくる弾き方、楽譜の捉え方とか、生徒がその曲をスムーズに(つっかえずに)弾けなくても、できるレッスンは存在していいように思う。

一人でできること、譜読みなどはやってきて。レッスンで譜読みはダメよ。でも、譜読みができないからレッスンに通っているのでは?ドが認識できないとか、そのようなことではなく、音の高低、長短、フレーズってどのようにまとまっているの?実際にそのようなものを音として表現するには?これって一人では難しいからレッスンに通っているのでは?

あなたはその曲を仕上げたい、弾けるようになりたいからレッスンに通っているの?

美しい、素敵な演奏に憧れる。自分もいつかはと思うからレッスンに通っているの?

ある曲をパラパラと弾けて、合格するために練習しているの?

生徒は演奏の「素敵要素」のコツを知らない。それを伝授するのは先生だとして、それは生徒が曲を表面的に弾けるようにすることとは違うように思う。

とりあえず、一通り弾けるようにしてから表現を考える。とりあえず・・・のためにレッスンに何回も通うのと、レッスンで譜読みをするのと、どちらが勿体ないのだろう?

特に大人のピアノの場合、レッスンがあるから、人前演奏があるから・・・と、出来栄え、到達度(完成度?ミスなくとか?)に固執しすぎるとピアノライフが辛くならないだろうか?

私も素敵に演奏したい、美しく曲を演奏したい、それは俗に言う「まだ譜読み状態」の時期からあるものではないだろうか?

なんのために練習するのだろう?レッスンに通うのだろう?

kaz


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