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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

日本のペナリオ 

 

毎年暮れになったりすると、翌年の来日ピアニストのスケジュールが音楽雑誌などに掲載されたりする。そのような人たちが、つまり雑誌などに掲載され、全国縦断演奏をするようなピアニストが「いいピアニスト」なのだろうか?

情報の操作・・・とまでは言わないけれど、そのような人たち以外にも素晴らしい演奏をする人がいて、そしてそのピアニストの情報は、こちらから積極的に求めない限り、得られないとしたら?求めても得られないとしたら?

提示されないと分からない・・・そうなのだろう。だから情報誌や音楽雑誌が頼りになるのだろう。でもあまりにも与えられた情報に頼りすぎというか、頼らざるを得ない状況になっていないだろうか?

CDなども、よく宣伝されているCDがいいCDとは限らないのではないか?

草野政眞さんという日本のピアニストがいる。ホームページは存在しているが、今後の演奏スケジュールが止まっている。「自分が求める演奏と聴き手の求める演奏とか離れてしまっているのを感じる」つまり、現代は19世紀ロマン主義的な演奏は流行らないと、ご本人か彼のディープなファンか、それは失念してしまったが、そのような意味のことを読んだことがある。

実際に演奏活動を続けるということは大変なことなのだろうと想像する。それは理念、芸術上の信念だけでは済まない複雑なものもあるのだろう。でも草野氏のような演奏を求めている人は、僕も含めて多いのではないだろうか?

その人のサウンドの中で泣いてみたい、夢見てみたい、どうだ・・・という達者な演奏はもういい。印刷された楽譜がそのまま浮かんでくるような演奏ももういい。一緒になりたい、演奏者と作品と、その場で一緒になりたい・・・心の底でそう感じている人、すなわち現状のクラシック演奏、主流の演奏に物足りなさを感じている人は相当数いるものと僕は思う。

レナード・ペナリオの編曲作品、ヨハン・シュトラウス~ペナリオの「皇帝円舞曲」はその他のワルツ編曲ものと同様、絢爛豪華な超絶技巧の曲ではあると思うのだが、演奏者の腕自慢を披露するための曲というよりは、「ねえ、楽しくない?」的なサウンドを感じる。草野氏が言う所の「アメリカンテイストを感じるのはご愛敬」なのだろう。凄~いというよりは、なんて素敵なの、なんて楽しいの・・・という編曲。むろん、ペナリオ自身の演奏も素晴らしい。でも個人的には草野政眞氏の演奏に心を奪われてしまう。

自分だけのピアニストを探してみませんか?

演奏を聴いて、心の中でピアニストと一緒に、作品と一緒に泣いたのはいつですか?心の中で共に宙を舞ったのはいつですか?

kaz




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