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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

19世紀ロマン主義の終焉 

 

ホロヴィッツが亡くなった時、一つの時代が終わった。19世紀ロマン主義の終焉・・・

個人的には1995年、12月27日、シューラ・チェルカスキーが亡くなった日がロマン主義の終焉だと思っている。1995年、たしか来日公演もしていたはずだ。まさしく生涯現役を貫いた人だったように思う。確かその時には84歳ぐらいだったはずだ。ショパンのバラードやリストのソナタなどの大曲を演奏し、「ピアノは体力ではない」ということを証明していた。

14歳の時にロシア革命勃発。オデッサからアメリカに渡った。移民として自分を迎えてくれたアメリカに対して、彼はどのような想いを抱いていたのだろう?カーティス音楽院でヨゼフ・ホフマンの薫陶を受けることができたのは、幼いチェルカスキーにとっては幸運だったのではないだろうか?

時代遅れの演奏家、そう言われるほどのロマン主義の伝統を受け継いだ人だった。時代はシャープで現代的な、そしてザハリヒな演奏を求めたのかもしれない。大戦後はアメリカからヨーロッパに拠点を移している。

ヨーロッパで、そして再度アメリカで、さらに日本で・・・多くの人たちが再びチェルカスキーのようなロマン主義の演奏を求めるようになっていった。印刷された楽譜が浮かんでくるような、そのような正確さを感じる演奏ではなく、心の琴線に触れるような、そんな演奏をまた聴きたい、そう、チェルカスキーのような・・・

何しろご高齢なので、鍵盤に覆いかぶさるような、そんな動きは皆無だ。腕を振り上げたりもしない。ただ椅子に座っているだけのような?でも幾万の音が出てきているのは何故だろう?万華鏡のような音だ。聴き手の心を包み込んでしまう・・・

革命、対戦、迫害、多くのユダヤ人音楽家がアメリカに渡った。アメリカのクラシック演奏の基礎を支え、アメリカはユダヤ人音楽家と共に発展してきた。ホロヴィッツにしても、ハイフェッツにしても、そしてチェルカスキーにしても、アメリカの地で一度ならず感じたであろう。故郷では同胞ユダヤ人たちが惨殺されている。どうしたらいいのだろう・・・と。

偉大なるユダヤ人たちは、クラシック音楽新興国であるアメリカの作曲家の作品の演奏に、非常に積極的だったように思う。自分たちが一人の人間、一人の音楽家として存在できるのは、ここ、アメリカにいるから・・・そのような想いは亡命音楽家たちは常に持っていたのではないだろうか?ホロヴィッツの演奏がなければ、サミュエル・バーバーのピアノ曲が現在これほど演奏されているだろうか?

1991年、12月2日、シューラ・チェルカスキーの80歳記念リサイタルがニューヨークのカーネギーホールで催された。

次回に続く・・・

kaz




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