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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

マイノリティへの想像力 

 

宮中晩さん会に国賓として招いた人のパートナーが同性の場合、そのパートナーの同席は好ましくない、日本の伝統とは合わない・・・自民党のある政治家がこのような意味の発言をした。個人的には「これは失言でしょう」と思ったが、案の定、野党の批判があり、その政治家は発言を撤回したとか、しないとか???

日本は鎖国をしているわけではないので、近い将来、国賓のパートナー問題(?)とは無関係ではいられなくなるだろうと思う。実際、ヨーロッパのある国の首相は同性婚により、同性のパートナーがいて、そのパートナーはファーストレディーならぬ「ファーストジェントルマン」として公務を行ったりもしている。そのような国は多くなると思うし、実際にゲイの元首は意外と世界では多いように思う。

僕は知らなかったのだが、いつのまにか(?)ドイツで同性婚が認められていた。今年の末にはオーストラリアでも同性婚が認められるらしい。この流れがアジア地域にも波及されてくるのは時間の問題かもしれない。

同性婚は反対、宮中晩さん会、そこにゲイ?つまりホモとかレズ?あり得ないだろう?そのような意見そのものはあって当然だと思う。すべての人が同じ意見、これこそ恐ろしいと思う。考えの相違そのものはあって当然だと思う。

でも少しだけ想像力というものを使ってみてもいいのかもしれない。本当に自分はそう感じているのと自分を見つめてみる。かつてのピアノ男子の思い出としては、「ピアノ?お前男だろ?ピアノなんて女が習うものじゃないの?」みたいな発言を受けてきた記憶は持っている。イジメには発展しないまでも、その種の発言には傷ついてきた。決して親やピアノの先生には言わなかったけれど。現在はピアノ男子は市民権を得ている?そうかもしれないが、傷を抱えたピアノ男子もいるのではないかな?絶対大人には言わないから大人は知らないだけで。ただ、そのような経験は想像力を養ったとは思う。空手女子とか、サッカー女子の気持ちも想像できるようになる。「女の子なんだから・・・」とか「もっと女の子らしく、おとなしくしなさい」とか、この種の発言に傷ついてきた女の子もさぞかし多いのではないかと想像できるようになる。

ゲイ?気持ち悪い・・・本当にそう感じるのなら、その人の感じ方、考えなのだろう。でも「なんとなく」とか「大勢がそう思っているので」ということもないだろうか?この「なんとなく多数派」というものが実は恐ろしいような気がする。男なんだから、女なんだから控えめに、いい歳なんだから・・・差別は自分と多数派が作り上げている?少数派への想像力を皆が持っていたら・・・

「同性婚?ちょっとそれは・・・」なんとなくそう思う。でも少しだけ想像力を使ってみる。同性同士のパートナー、どんなにパートナーとしての絆、歴史が深くても、法律的には、ただの「ご友人」となる。重篤な病、怪我で入院、家族以外は面会謝絶となったとする。この場合、同性のパートナーは差別を受けることになる。「ご友人の面会は認められません。ご家族でないと」僕たちは、私たちは家族だ。人生のパートナーとして長い間生きてきたのだ。なぜ家族じゃないんだ?

異性同士のパートナーだったら?つまり夫婦。30年連れ添った妻を病院側が「血がつながっていませんね?面会できません」なんてことはないだろう。この差、これは差別では?ちょっと想像力を使ってみるのだ。同じ人間なのに・・・と。

なんとなく多数派、これが恐ろしいのだ。多数派に属していれば、なんとなく安心だ。「いやねぇ・・・」「そうですわねぇ・・・」と言っていればいいのだから。そしてそれが当たり前みたいにもなっていく。本当にそう思っているのだろうか?少数派への想像力を使ってみたらどうなるだろう?

「いやねぇ・・・」本当にそう思えば、それはその人の意見。でも多数派の中で安心したいという気持ちは本当にゼロパーセントだろうか?無関心でいたい、自分には関係ないし・・・ということは本当にないだろうか?

少数派への少しだけの想像力・・・

kaz




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