FC2ブログ

ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

連弾、ごめんなさい! 

 

長い間、連弾というものに偏見があった。ソロと比較して、演奏中の会場が、どこか弛緩してしまうような?連弾の名曲というものがある。ブラームスの「ハンガリー舞曲集」とかドビュッシーの「小組曲」とか。このような曲には偏見はない。おそらくポップス寄りの編曲ものの連弾に偏見があった。「ディズニー・メドレー」のような?

幾光年昔になるのだろうか?全国規模の楽器店に勤めていたことがある。もちろん講師としてではない。2年ぐらい勤めていただろうか?その時に多くのピアノ講師との、おつきあい(仕事上の)があった。発表会の季節になると、一部の(多くの?)講師たちは憂鬱になるらしい。それは講師演奏というものがあるから。講師演奏を譲り合う、正確には押し付け合うのだ。

「あなたやりなさいよ」「私、一昨年演奏したわ」「A先生はどう?卒業したばかりなんだから現役みたいなもんでしょ?彼女にやってもらいましょうよ」「そうね、それがいいわね」

「でも、演奏なさらない先生がそこまで多いと、特約店としても困るわけで・・・」

「じゃあ、私B先生と連弾する。去年連弾したから今年は弾かなくていいと思ったのに・・・」「日本の唱歌メドレーは弾いちゃったから、今年はディズニー・メドレーかな・・・」

「忙しくて練習できないの。どうしてもやらないとダメ?」ある二人の講師は、「リズム体操」と称して舞台で体操のようなダンスを披露したのだ。そんなにソロって大変?ピアノ講師なのにピアノを弾きたくない?

一部の講師なのだろう。極端な例なのだろう。今でもそう自分に言い聞かせている。でも実際には一部ではなかった。僕が担当した地区だけがそうだったのだろうか?

以上のような、経緯から、連弾というものに偏見が生まれた。いや、連弾にではないな、ソロだと大変、じゃあ、連弾でも・・・という講師たちに偏見を感じてしまったのだ。

考えてみれば、「じゃあ連弾でも・・・」という理由で演奏されてしまうとしたら、連弾も気の毒だ。そもそも連弾は、4手なわけだから、ソロよりもサウンドとしてはゴージャスになるはずなのだ。「じゃあ・・・」では勿体ないではないか。

「連弾でないとできない世界、頑張りましょう」だったらいい。ソロではできないこと・・・

2台のピアノだと「じゃあ2台でも・・・」とはなりにくい。演奏会場に複数のピアノがあることが前提だし、練習(合わせ)も同様だ。そこには「やりましょうよ」という強い動機が存在しているような気がする。本来は連弾も同じはず。

ソロではできないことをしたい、だから連弾・・・

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

スポンサーサイト



category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

コメント

 

△top

コメントの投稿

 

Secret

△top