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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

日の丸を背負って 

 

続いていたフィギュア関連の文章もこれで一度終了したいと思う。今回の文章を書くにあたって、かつての採点システムの「席次」というものをネットで調べようとしたのだが、ワーッと目に飛び込んできたのが、一連の(?)「ジャッジ不正!」とか「何故爆上げ八百長点数が許される?」などの文字・・・ネットの世界ではユナ・キム選手も浅田選手も、そして高橋選手も引退していない感じですらある。

僕が想像していた以上に、そのような文章はネット上に拡散されている感じだ。不思議なことに、ピアノのコンクールではそのような文章は見かけない。探せばあるのかもしれないが、「何故あの人が3次予選で落選?あの人は本選に進んだのに?審査員は八百長?」とか「不正コンクール!!」などの狂乱文章はあまりないような?透明性ということでは、ピアノコンクールよりもフィギュアスケートの採点の方がはるかに透明であるような気がする。やはり人間としての最低限の礼儀というか、最低限の尊厳のようなものがピアノの世界では守られているからだろうか?「○○が1位?○○コンクールの不正を正そう!!」なんて文章を1位になった○○さんが知ったら、そりゃあ傷つくだろう。なのでそんなことは言わないし、わざわざネットに書かない。スケートも同じだと思うがなぁ?

僕のように、特定の選手を名指ししての批判、中傷のような文章が拡散してしまうことで、スケートという競技そのものから離れてしまう人が一人でも少ないように祈る。選手に罪はないし、スケートという競技にも罪はないように思う。第一勿体なくないですか?日本選手が複数、世界で活躍できるなんて、かつての日本スケート界の、そしてスケートファンの夢だったのだ。その夢が手に入ったとたんに、誰それは贔屓されている・・・とか、そのような文章が飛び交うことが非常に残念なのだ。一部ファンによって、ファンが離れる、なんだかおかしい。

かつての日本の有力選手は日の丸を背負って滑っていたのだなと思う。この動画の渡部絵美選手もそうだったし、伊藤みどり選手も、そして佐藤有香選手もそう。男子選手だと本田武史選手なども日の丸背負い組だったかな。彼、長野の世界選手権の演技後、泣いていたよね?重圧からの解放の涙だったのかもしれないね。

日本選手が強くなった・・・というか、日本のシングルフィギュアスケーターが強くなったのは、有力選手が国内に複数・・・という感じになった頃からだと思う。むろん、コーチ陣を外国人、振り付けも有名振付師に依頼して・・・という流れも強くなった理由だとは思うが、国内敵なし状態で、孤独に一人日の丸を背負う必要がなくなったということもあると思う。荒川選手と村主選手、高橋選手と織田選手・・・のように。女子では、そこに若い浅田選手も加わり、国内は百花繚乱状態・・・ここに行き着くまでにどれだけ日本スケート界は待ったのだろう?ファンは待ったのだろう?

荒川静香選手がオリンピックで金メダルを獲得した。でも彼女はその前の全日本選手権では3位だったのだ。日の丸背負いは免れたのかもしれないが、今だったらネットで色々と書かれるのではないだろうか?「何故に彼女が?」とか・・・

渡部選手の場合はオリンピックで日の丸を背負ってしまった感がある、彼女一人しかいなかったから。もっと知られていいように思うのが、彼女の実績。20歳で引退するのだが、全日本選手権8連覇という実績がある。12歳から全日本のチャンピオンの座を守り抜いたわけで、これは凄いことなのではないだろうか?日本国内では敵なしでも、やはり世界の壁は厚かった。彼女の転機はコーチを変えたことだと思う。カルロ・ファッシは何人ものオリンピック金メダリストを育てた人だ。当時はロビン・カズンズなども彼に習っていたはずだ。ファッシコーチが渡部選手に徹底したのがコンパルソリー。いわゆる規定演技。それを強化した。コーチを変えてから、彼女は念願だった世界選手権10位以内をまず達成。その翌年にはメダルも獲得してしまう。日本女子初のメダルになる。

その翌年、銅メダルの翌年がオリンピックイヤーだったことは、彼女にとっていいことだったのか?オリンピックでの演技は日の丸の重さ、重圧でちょっと残念な結果になったと思う。その直後、例年のように世界選手権が開催された。そこでの渡部選手、何か憑き物が落ちたかのような伸び伸び演技。生涯最高の演技をしたのではないだろうか?40年近くも昔の映像だが、僕の中では非常に印象に残っている演技だ。

その年の世界選手権は西ドイツ(当時)のドルトムントで開催された。渡部選手にとってライバルであったダグマル・ルルツ選手の地元だ。これは不利!旧採点システムだと不利な条件になる。さらに渡部選手はフリー、最終グループの一番滑走だった記憶がある。これも不利。でも演技は素晴らしかった。予想通り、彼女の点数は抑えられていた印象を持つ。

「今年は去年のような奇跡はないでしょうね。メダルは無理でしょうね」演技前に渡部選手が言っていた言葉だ。演技前にそう思いながら滑っていたのだ。旧採点システムだとそうなるのだろう。救いはルルツ選手の地元であったにも関わらず、音楽が聴こえないほどの歓声があったこと、さらに渡部選手の点数(順位)に盛大なブーイングが沸き起こったこと。西ドイツの観客、ファンは彼女を「我らのルルツ選手を脅かす東洋娘」ではなく素晴らしい演技をした選手として認めてくれたのだ。今の知識溢れる一部ファンは、この時のドルムントのファンよりも優れていると言えるだろうか?考えてしまうところだ。

金銭的な面でも、スポンサーとか、今の選手は恵まれているように思う。選手にとってはいいことだと思う。昔はアマチュアとプロとの線引きは非常に厳密だった。経済的な負担は相当のものだったらしい。渡部選手はオリンピック前に「日本頑張れ!」的なCMに出演している。そのCMはノーギャラだったそうだ。アマチュアだからお金は出ないのだ。さらにオリンピックのユニフォーム代、衣装ではなく、開会式などで着る日本のユニフォーム、あれも自前だったらしい。「伊勢丹で各自購入してください」だったらしい。ユニフォーム代すら支給されなかったのか???

1980年のオリンピック、レークプラシッド大会フィギュア女子シングル、日本の出場枠は3つあった。意外な感じだ。2018年、次のオリンピックの女子枠は、たしか2だったと思う。これだけ今の女子レベルは高いのに、それよりも多かったのだ。理由は前年の世界選手権で渡部選手が3位になったから。前年の世界選手権で枠が決まるのは昔も今も変わらないんだね。

実際にオリンピックに出場したのは渡部選手だけ。他の二人の選手はオリンピック出場を辞退したのだ。スケート選手にとっては、オリンピック出場は夢であるはずなのに辞退。理由は「お金がなかったから」だったらしい。どこからも資金援助がなかったのだろうか?そのような時代だったのだ。そのような時代を経て、何人もの選手が日の丸を背負い、やっと、やっと今の人気のあるフィギュアスケートになったのだ。アイスショーや競技会はチケット入手困難、非常に高額、そうなった。

ネットでの批判、中傷、それを人気の代償と考えるのは、あまりにも哀しい、そう思う。

kaz




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