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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

さようならフィギュアスケート 10 

 

ピアノのコンクールの審査基準、おそらくフィギュアスケートの旧採点システムよりも曖昧というか、透明性の少ないもののように思う。むろん、ピアノはスポーツではないので、ピアノ演奏に基準を設けることはできないのだろう。なので、審査基準も明確にはできないのだろう。誰が誰に何位をつけたか、どのような点数を出したか・・・これはピアノコンクールでも公表はできるだろうが、プロトコルのようなものは難しいだろう。オクターブ、ダブルの連続を〇秒以内に演奏できればレベル4とか、音楽の場合あり得ない。

ピアノコンクールの場合、審査方法は旧採点システムで、コンテスタント(選手?)の心理としては今のフィギュアスケートの採点システムを追っているような印象を持つ。闇の明確採点システム?どこかに暗黙のレベル1~4のようなものがあって、各エレメンツ(?)で高得点を狙っているような?皆が建前としては存在していない闇基準を狙うので、演奏は皆同じような印象を聴き手は持ってしまう。僕だけの印象かもしれないが。

コンクールによっては「聴衆賞」のような正規の(?)の順位とは別の賞が設けられていたりする。素人からすると、これも不思議だ。むろん拍手の量によって採点が異なっても困るだろうが、聴き手の胸キュン度というものと順位というものがかけ離れて当然みたいな審査のあり方にも疑問を持ったりはする。聴衆に受けるといういうことと、心をつかむ演奏というものは、完全に無関係な要素でもないように思うから。高尚なクラシックでは無関係なのだろうか?

僕の好きなフィギュアスケートの演技、すべて旧採点システム時代の演技だ。僕が年代的にセピア色の演技が好きということもあろうが、おそらく現在の採点システムだと落ちてしまうような、点数に加算されない要素を好む傾向にあるのかもしれない。

例えば、ステップ。現在では身体全体でステップを踏んでいかないとレベルが取れない。点数になっていかない。実は、この体全体クネクネステップがどうも苦手。「リバーダンス」のような、上肢を固定(?)させて、足だけで踏むステップに興奮を覚える。でも現在基準では「足技ステップ」だとレベル1・・・とかになってしまうのだろう。

長野オリンピック、その頃、僕はアメリカにいたので、アメリカのテレビで観戦した。アメリカのステレオタイプ化された日本紹介、新幹線=ハイテク、善光寺=歴史、日本人=奥ゆかしい・・・みたいなアメリカの決まりきった日本紹介のされかたに少々うんざりした記憶がある。演技そのもものの他に、日本人のフィギュアファンについて報道されたことがある。あの奥ゆかしい日本人が燃えている・・・みたいな?

当時、フランスのフィリップ・キャンデロロ選手は日本のスケートファン、それも女性ファンに大変な人気があったらしい。その白熱ぶりがアメリカに報道されたのだ。今感じたのだが、スケートブログを書いている人って、何故か女性が多いような?羽生選手にゾロゾロと遠征先でつきまとうファンも女性が多いような?男性ファンが本田選手とかに「可愛い」とつきまとうことって、あまり報道されない。男性のスケートブログ、ライバル選手への攻撃論調ブログもあまり見かけない。探せばあるのだろうか?

さて、そのキャンデロロ選手のプログラム、「ダルタニアン」だが、現在の採点システムだとあり得ない(?)プログラムかもしれない。このような演技は、やはり旧採点システム時代の産物なのかもしれない。最も会場を湧かせたのはステップなのではないかと思うが、実はこのステップ、それほど難度としては高くはないのかも?でも絶大な効果ではある。さらに、技術点では加点のしようがない、なんでもない瞬間、実は大技に備えて体力温存をしているかもしれない箇所、そのような場面が実に魅力的だったりする。

旧採点システムをどこか懐かしむ自分がいる、同時に旧採点システムで泣いた多くの選手に思いを馳せたりする自分もいる。

kaz




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