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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

盛り演奏 

 

今の音楽界、ピアノ界はオリジナル志向なのだろう。もちろんエディションは原典版を使用。原典版にも何故か(?)数種類あったりするから、そのあたりも研究する。どうやって?・・・という素朴な質問をしたくはなるが。ある偉い人(ピアニストではなかったと思う)は、自筆譜で練習せよと。そりゃあ、学問的に極めていけば、自筆譜はオリジナルなわけだから、そうなるだろうが、これも素朴な質問をしたくなる。どうやって?

僕が無学だから思うのかもしれないが、自筆譜が沢山あるのならば分かるけれど、たった一つの自筆譜に何故に複数の原典版と呼ばれる楽譜が存在するのだろう?素朴すぎる質問になるだろうか?

そのような風習(?)からすると、例えばムソルグスキーの「展覧会の絵」を弾く場合、これも原典版を使用するべきなのだろう。おそらくホロヴィッツ編の楽譜なんて、オリジナル志向の人からすると、不純な楽譜となるのだろうか?「そんなもの近づけないで・・・」みたいな?ラフマニノフの2番のソナタなどもそうかな?絶対にオリジナル。ホロヴィッツ版なんて・・・

ラフマニノフのソナタは、あまりホロヴィッツ版の魅力を感じないが、「展覧会の絵」は個人的には断然ホロヴィッツ版による演奏が好き。理由は単純。格好いいから。

この演奏を聴いて、まず感じたのは「ホロヴィッツ版みたい」ということ。このように音を盛大に加えたりする演奏は最近は流行らないのだろう。もはやこの演奏は、ババジャニアン~ワルタニャン編と呼ぶべきかもしれない。オリジナル志向の人からしたら、もうこれは許されない演奏なのかもしれない。

でも少しだけ思う。聴いた印象で判断してはいけないんですか・・・と。

もっともババジャニアンのオリジナル曲そのものがあまり有名ではないから、ワルタニャンが、どこをどう盛っている(?)のか分からない人もいるかもしれないが。

kaz




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