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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

シルクの声 

 

岸本葉子の「二人の親を見送って」(中央公論新社)という本を読む。なんとなく読む気がしなくて長い間積んでいた本だ。読む気がしなかったのは、他人事ではないから。そのような年齢に自分もなっているから。深刻な本ではなく、エッセイ。語り口も、いつもの著者と同じだ。だからこそ、身辺に、日常に「親を見送る」ということ、場合によっては介護をするということが別に特別なことではなく、それが日常的に存在するのだ、それが普通なのだ・・・などと思い知らされる。

最近、友人のルカが父親を見送った。家族に囲まれ笑顔で逝ったということだ。ミラノとソレント、それこそ北と南だから、ルカも大変だっただろうと想像する。

ルカの父親、何日か前に書いた文章で、ミモザの花を積んでプロポーズをした、あのマッテオさんだ。マッテオさんとルカには、長い間の確執があった。南イタリアは僕の想像以上に保守的な地域らしい。マッテオさんはルカに家業を継いで、ソレントで家庭を築いて欲しいという親としての願いがあった。ルカ自身は、パン屋を継ぐ気はなく、意識はイタリアではなくアメリカに向いていた。

「なんで父さんが僕の一生を決めるんだ?横暴じゃないか?」「ソレントがイヤならどこへでも行くがいいさ。でもお前は勘当だ」「ああ、勘当でもなんでもいいさ。こんな所へはもう戻らないさ。僕には夢があるんだ。父さんとは違う」

むろん、二人は、その後和解をしているが、北と南を往復するような毎日を過ごしていたルカは、一つのやり残しを感じたのだそうだ。子どもの頃、そして若い頃もマッテオさんに伝えていた言葉を和解後は言っていない・・・と。

それは、最もシンプルな言葉、「愛している」・・・想っているだけではなく、直接言葉で伝えるのが重要なのだそうだ。

マッテオさんの葬儀の時、ルカは歌を歌ったらしい。イタリア人らしい・・・そう思った。てっきりナポレターナを歌ったのかと思ったのだが、そうではなく英語の歌を歌った。ルーサー・ヴァンドロスの曲だ。

何故にルーサー・ヴァンドロス?ルーサー・ヴァンドロスって誰?

R&B、ブラック・コンテンポラリーの第一人者・・・ということだ。僕はこの種の音楽に疎いので知らなかった。

「絹のような声だな・・・」

ユーチューブでルーサー・ヴァンドロスの歌声を聴いてそう感じた。予想していた声とは違った。

何故にルカがルーサー・ヴァンドロスを選んだのか、それは次に書くとして、まず絹の声、ルーサー・ヴァンドロスの歌声を紹介したい。非常に下積みの長かった人らしい。有名歌手のバックグラウンド・シンガーを務めていた期間が長い。有名になってから「SONGS」というカバー・アルバムを制作した。70年代、ルーサー・ヴァンドロスはロバータ・フラックのバックグラウンド・シンガーを務めていて、ロバータとこの曲をよく歌ったのだそうだ。彼はこう語っている。「SONGS」を作るにあたり、絶対にやろうとすぐに決めた曲だと。

kaz




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