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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

50年後の街のピアノ教室 

 

「中学生になるのでピアノ辞めます」「塾で忙しくなるので」「部活との両立に自信がなくて」子どもがピアノを辞める時の定番の言葉だろうと思う。学習指導要領に「学校以外で習い事を続けること」と明記されていないので、ピアノを続ける義務はない。でも学習塾に通う義務もない。

ピアノを続けさせたいと親は願う。先生も願う。本人もピアノが嫌いではない。できれば続けたい。こう言われたりすることもあるのではないだろうか?「ピアニストにさせるんですか?難関の音大に進学を決めているんですか?」そうではないんだけど。専門と趣味とに強引に分けてしまえば、そりゃあ趣味となる。

なぜ塾に通うのだろう?いい学校に進学したい、させたい・・・ということだろうか?なぜいい学校に入りたいのだろう?それはいい会社に就職したいから、親としてはさせたいから。

「ピアニストにさせる」「いい会社に就職して」人生の最大ポイントを、ある一点、就職というところに当てている。学校での成績、これを安定させる、それは就職というものに対しての投資。先行投資だ。ピアノに先行投資をするということは、ピアニストになるという意味合いを含んでくる。難関音大を出て、教えるにしても、それなりの偉い先生・・・そうなるには○○音大に受からなければ・・・

そのような人生計画、選択があってもいいと思う。でもそうではない人たちはどうすればいいのだろう?日本には、その選択肢が少ない。自由のようだけれど、自由に選択するとレールから脱線してしまうような、そんな社会。気づき始めている人も多いと思う。人生の幸せって、別に就職とか、そのような一点で決まってしまうものではないと・・・

むろん、政治家でもない限り、法を変えることはできない。今の義務教育は問題ありと感じても、教育基本法を変えることはできない。でも日本は鎖国をしているわけではないから、世界のどこかで起こっていることと無関係ではいられない。情報などは入ってくる。亀の歩み・・・かもしれないが、日本も変わっていく可能性はある。

もし将来、余暇というか、何がその人にとっての幸福か・・・みたいなことが、もう少し問われるような時代になっていくとしたら、ピアノ教室というものの価値も問われていくような気がする。親や子どものニーズも高まるだろうし、社会のニーズも高まっていくだろう。厳しくなると思う。「ピアノが弾ける、ピアノを習う、何か意味あるの?」そう問われていくような気がする。

「楽しそうに教室に通っています」それだけではないと思う。「何故ピアノを弾くの?」「何故ピアノを習うの?」「先生方はピアノで何を生徒に伝えたいの?」「弾けるとその生徒は幸せなの?」問われるような気がする。そのような時代になっていく。

あなたは自分の人生をどう生きたいの?ここに「ピアノ」というものが関わってくる。教室側は応える必要が出てくると思う。

kaz




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