ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

楽に入魂するには? 

 

これはユジャ・ワンが学生の頃の演奏。ユジャ・ワン、若い!カーティス音楽院の卒業演奏のようだ。ユジャ・ワンなので、本当によく弾いている。昔、アメリカにいた時には、音楽院の学生の演奏をよく聴いた。学生企画のリサイタルというよりは、試験が公開なので。日本の音大って、音大そのもののレベルに差があって、同じ学校の学生は均一・・・のような印象を持つけれど、あちらは本当に学生のレベルが様々。同じ学校でも「えっ???大丈夫?」という学生もいれば、ユジャ・ワンのような学生もいる。不思議だねぇ。

このユジャ・ワンのバラードを聴いて、かつて聴いたアメリカの音楽院の超優秀な学生の演奏を思い出した。日本の音大生も(学校によっては?)本当によく弾ける。コンクールに受かるような学生なんか特に達者だ。でもそのような日本の音大生とユジャ・ワンとは何かが違うような気がする。ショパン・コンクールに参加し予選を勝ち抜くような日本人コンテスタントともユジャ・ワンの演奏は違うような気がする。

たしかに、ミスの少なさ、つまり安定性ということでは似ている。でも何かが違う。なんだろう?

学生時代とはいえ、ユジャ・ワンと比べるなんて・・・まぁ、そうなのかもしれないが、日本人コンテスタントたちの演奏、特にショパンのバラードのような曲だと、シリアスすぎるような気がする。表現とか、そのようなことではなく、基本的に力感を感じさせてしまうのだ。

音や表現に「基本ライン」というか「はずれてはいけないライン」というものを感じてしまう。歌ってはいるのだが、どこかシリアス。入魂しすぎというか?弾き方もどこかで「うっ・・・」と力感を感じてしまうというか、固くなってしまうというか。結果、とても「良く弾けるよねぇ・・・」となるのだが、同時に頑張りすぎというか、シリアスに固めすぎというか?

基本的に「さあ、演奏するのだ」という時に、深刻なのはいいことだ・・・的なものが入ってしまい、力を感じさせる。伸び伸びと空間を伸びるようなというのとは反対の、「大変そう」みたいな?その大変そうを楽々と死闘しているような?それが長所、美点なのだ・・・みたいな?

「わっ!凄~い!」とは思うんだけれど、大変なんだね・・・とも感じる。不思議なことに、日本人コンテスタント以上に弾きこなしているユジャ・ワンからは力感を感じない。とてもフリー。すべてがフリーというか?

日本の音大生、腱鞘炎とか手に問題を抱えている人も多いそうだ。弾き方の問題なのだろう。でも、そのような弾き方になってしまう、そのような弾き方を推奨されるような、どこか「シリアスに」「頑張って」「入魂しなきゃ」的な概念、美的価値観のようなものが日本には潜んでいるのかもしれない。

kaz




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