ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

コンクール漬け 

 

アレクセイ・スルタノフの名を一躍有名にしたのは、1989年のヴァン・クライバーン・コンクールだろうと思う。この時のスルタノフの録音のCD、さらにはコンクールそのもののDVDを持っているのだが、演奏力、カリスマ性、スルタノフが他を圧し群を抜いていたように思う。個人的にはリストの「メフィストワルツ」を絢爛豪華に音を加えて演奏していたのが印象的だった。あれはブゾーニバージョンなのか、ホロヴィッツバージョンなのか、とにかく「普通版」(?)ではないバージョンをコンクールで弾くというのが、スルタノフらしかったというか?

画面では目立たないかもしれないが、スルタノフは非常に小柄だ。来日公演も一度聴いたのだが、「えっ?子ども?」と思ってしまったほどだ。クライバーン優勝時、スルタノフは19歳。若い・・・と思うが、視覚的にも小柄ということが有利になった感がある(あくまでも個人的感想!)。どこか、大物ぶっているというよりは、いかにも芸術家です・・・というよりは、小柄な少年風。ところがその「守ってあげたい」的な少年がピアノを弾くと虎や豹に変わる・・・このギャップがアピールとなったのではないか?

クライバーン・コンクールは契約演奏会のようなものが非常にハードらしい。数多くの演奏会をこなしていくうちに、優勝者は疲れ、輝きを失っていくとか?かつてのヴァン・クライバーンのように・・・

スルタノフは頑張ったと思う。契約をこなし、CDも発売され、プロとしても有名なピアニストとなっていたように思う。そのまま行くかと思った。でもそうはならなかった。

スルタノフがショパン・コンクールを受ける、ちょっと意外だった。「何故にまたコンクール?もういいじゃない?」と思った。さらに、「ショパン・コンクールってショパンしか弾けないんだよ?」とも思った。コンクールの必要性を僕は全く感じなかった。

でもスルタノフは必要性を感じていたのだろう。権威への挑戦だったのだろうか?伝統とか、演奏スタイルとか、正統的とか、そのようなものに「うるさそうな」コンクールではある。あえて・・・の挑戦だったのかもしれない。

その後もスルタノフはコンクールを受け続けるが、最も輝いていたのは、このヴァン・クライバーンの時だったかな・・・とも思う。

kaz




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