ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

不屈の街並み 

 

今はヨーロッパへの直行便も多いのだろうが、一昔前はキャリアがアエロフロートではなくても、ヨーロッパ各都市への便は途中モスクワの空港に寄ることが少なくなかったように思う。たしかシェレメーチェヴォ空港という名前だったかな?この空港の印象が鮮烈で、その後訪れたヨーロッパの都市の印象をも上回るほどだった。無駄に広い空間、暗い照明、表情のない空港職員・・・トイレに便座がない、日本人(多くは女性)はショックを受けていたような?用を足すのに決死の覚悟だったらしい。

「ああ、これが共産主義の国なんだぁ・・・」と空港で感じてしまったわけです。ソビエト時代のモスクワを旅してみたかったか、それは微妙なところだ。ソビエト崩壊後、ロシア連邦となってから、モスクワの街も変化したのだろう。グーグルで恐ろしき(?)シェレメーチェヴォ空港を見てみると、その変わりように驚く。かつての殺風景な空港ではなく、普通の空港になっていて、なんとバーガーキングなどもあるのだ。かつてのシェレメーチェヴォ空港、写真で見る現在の平壌の空港みたいだったなと思う。無駄に広い空間、独特な雰囲気・・・

もちろん、民主化されてからのワルシャワの街を歩いたのだが、なんとなく中世そのままのような街並みで、「ああ、かつては共産国だったから、このような街並みが残っているんだな」と感じたものだ。西欧の都市のような開発が遅れているような、変に観光化されていないような、どこか牧歌的な印象をワルシャワの街並みに感じたのだ。むろん、ビルなどもあるにはあるが・・・

英語も通じない感じ。こちらの発音に問題ありだったのかもしれないが、ワルシャワの人は気さくで、ポーランド語混じりの身振り手振りで話してくれたりして、「ああ、高慢ちきな(?)パリとは違うねぇ・・・」などと思ったものだ。

「ああ、元共産主義の国だったから、昔の面影がキープされているのね・・・」

実は違ったのだ。中世そのままのような街並みは、キープされていたのではなかった。むろん、街の全域ではない。旧市街のような、ある地域だけなのだろうが、中世そのものの街、実は第2次世界大戦後に復興されたものだったのだ。新しく近代的に・・・ではなく、元の街を再現したのだ。

1944年のワルシャワ蜂起、街は完全に破壊された。ワルシャワ市民は設計図やスケッチ、写真、そして記憶をもとに、昔の街並みを完全復活させた。レンガの割れ目なども忠実に再現されているのだそうだ。

「あの街は残っていたのではなく、再現されたものだったのだ・・・」

決して克服せず・・・二ェ・ダムチェ・・・あの街並みは迫害され続けてきた人たちの誇り、不屈の精神なのだろうか?

ここでポロネーズでも自分の中に鳴り響けば完璧なのだろうが・・・

kaz




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