ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

マキシミリアノ・コルベ神父 

 

ショパンを弾く、だからと言ってポーランドという国について調べたりしなくてもいいのかもしれない。楽譜を開き、音にしていって、本番でどれだけ弾けるか・・・みたいな?それでいいのかもしれない。

若きショパンは、ワルシャワで蜂起があったのを知る。その蜂起が失敗に終わったことも。「祖国に帰らなければ!僕も戦わなければ!」

「君は芸術でポーランドを讃えるのだ。それが君の役目だ。その身体で誰と闘えるというのだ?」結局、ショパンはポーランドには帰らず、パリに落ち着くことになる。ポーランド人としての無念さというものは感じていたのではないかな、そのように想像する。何か、この頃のショパン作品は後期の作品とは異なり、内側で火のように燃えているようなもの、怨念のようなものを感じてしまったりする。

少しでもポーランドについて紐解いていくと、何人かのポーランド人にすぐに辿り着く。無視できないような人たちだ。その人たちのことを知ったからピアノが上手くなるわけでもないし、ショパンをより理解できるわけでもないのだろう。芸術作品というものは、現世の人間の悩みとか、苦しみなどという俗な感情とは無縁であるという考えだってある。楽譜にすべて書いてある、それを音にすればいいのだ。そうなのだろう。

でも無視はできない、そうも感じる。

マキシミリアノ・コルベ。コルベ神父。ポーランドのカトリックの司祭だった人。コルベ神父は日本の長崎に宣教師として滞在していたらしい。だから日本の長崎にコルベ神父の記念館や像などが存在するのだ。

マキシミリアノ・コルベ、ポーランド人、カトリック司祭、そして囚人番号16670

この人はアウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所で亡くなっている。

kaz




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