ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ヤド・ヴァシェムのメダルと駿河のリンゴ 

 

「これがヤド・ヴァシェムのメダルなのか・・・」想像していたよりも小さなメダルだった。

岐阜県八百津町、「杉原千畝記念館」には杉原千畝に関するものが展示されている。日本語の他にヘブライ語で説明文があるのが印象的ではある。八百津という街、自動車でないと訪れるのも大変なのではないだろうか?そのせいか、この記念館も貸し切り状態。

杉原千畝という個人に関する展示の他に、ホロコーストやユダヤ人迫害についての説明が非常に詳しいという印象。パネルなども専門用語を並べたてたというものではなく、小学生や中学生にも充分に理解できるように工夫されている。おそらく、個人の功績の展示というよりは、次世代に何かを伝承したいという記念館なのではないだろうか?

大恐慌、ドイツ国内の不況、生活苦、どうしてこんなに苦しいのだろう?あいつらのせいだ。ユダヤ人たちさえ消えれば我々ドイツ人は優位に立てるのだ。我々は優秀な民族なのだ。ユダヤ人を抹殺してしまおう・・・大雑把に言えばそういうことが始まりだった。現在でも似たような発言をする首脳もいるんじゃないかな?自国優先主義みたいな?思春期の難しい時期の世代に訪れて欲しい場所だと思う。

シベリア鉄道、そして天草丸で日本の駿河に到着したユダヤ人たち、着の身着のままという状態だったらしい。駿河の人々は無償で銭湯を開放し、食べ物を提供したと言う。

名もない日本の少年がユダヤ人たちにリンゴを配った。おそらくお互いに言葉はなかったのだろう。逃れてきたユダヤ人たちにとって、そのリンゴの味はどのようなものだったのだろう?

ヤド・バシェム、諸国民の中の正義の人とも言われる。非ユダヤ人でありながら、まさに命懸けでユダヤ人を救済した人たちにイスラエル政府が授与する賞。授与された人はポーランド人が圧倒的に多い。それはポーランドという国で多くの非人道的行為が行われたということなのであろう。次いでオランダ人が続く。日本人はただ一人、杉原千畝が授与されている。意外なのは授与されたドイツ人も多いということ。「おかしいのではないか?同じ人間なのに・・・」こう思ったドイツ人も非常に多かったのだろう。最も有名なのはオスカー・シンドラーなのだと思うが、ピアノ弾きにとって身近なのはヴィルム・ホーゼンフェルトだと思う。映画「戦場のピアニスト」にも登場した、あの人。

ピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンを助けた人として知られているだろうか?この人は元教師であり、最初はナチズムを信じていたけれど、やがて人道的なものが芽生えてくる。「同じ人間なのにおかしいではないか?」という素朴な想いだ。自分が任された施設の従業員としてユダヤ人を雇ったりとか、オスカー・シンドラーと少し似ているかもしれない。

1945年、ソ連軍の捕虜となる。諜報活動を行ったとされて、ソ連の戦犯捕虜収容所に収容、そこで亡くなっている。

ヴィルム・ホーゼンフェルト、イスラエル政府からのヤド・ヴァシェム賞の他に、ポーランド政府からポーランド復興勲章を授与されている。むろん、本人が亡くなってからだが・・・

ヴィルム・ホーゼンフェルト、駿河のリンゴ、同じものが流れているのを感じる。

「同じ人間なのにな・・・」

kaz




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