ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

今まで本当にありがとう! 

 

エルガーの「愛の挨拶」という曲、妻アリスとの婚約記念にエルガーがアリスにプレゼントした曲とされている。二人の婚約、結婚は幾多の困難を乗り越えてのものだったらしい。アリスの方が年上ということもあっただろうし、家柄の違いということもあっただろう。宗派の違いもあった。エルガーは当時は無名の音楽家だったから、アリスの両親は喜んで娘の結婚を祝うというようにはいかなかったのだろう。アリスは勘当されてもエルガーと結婚した。駆け落ち・・・というものに近かったのではないだろうか?

アリスの人生はエルガーを支えた人生だった。「天才を裏で支える人生の喜び」のようなことをアリスは語っている。

アリスは72歳で亡くなっている。癌だったらしい。この時、エルガーは男泣きに泣いたという。エルガーは60代だったはずだ。目くるめくような肉惑的な感情ではなかったはずだ。言葉で表せば、それは「感謝」「悲しみ」ということになるのだろうか?むろん、それまでにもエルガーは妻に対して感謝や愛情は感じていたと思うが、失って初めて経験する感情というものもあったはずだ。

チッコリーニの「愛の挨拶」、テンポ設定、かなり大胆なのではないかと思う。通常はもっと流れるように演奏されることが多いように思う。いかにもサロン的な小品・・・のように。チッコリーニの演奏から「今まで本当にありがとう!」というものを僕は感じる。60代のエルガーが、亡くなったアリスに再度「愛の挨拶」をプレゼントした、そのように感じてくる。

このような感情の動きって誰もが持っているものではないだろうか?天才だけが感じるものではない。配偶者を癌で亡くした人だけが感じるものでもないだろう。

ピアノの営みというのかな、ピアノって毎日の練習が大切だし、それは習慣化されていくものだけど、導入期のピアノレッスン、または大人のアマチュアピアノ道の中で、「なぜ私は弾いているの?」という部分を、もうちょっと意識してもいいのかもしれない。

「~ができてから~というものが表現できる」とか「~ができるのは才能ある人だけ」みたいな感じではなく、弾くという意味というのかな、何故にピアノに惹かれるのかという自分の内側の部分も、もう少しレッスンとか練習という部分で意識していってもいいような気がする。

弾けた→合格→弾けた→合格・・・そうなりがちだけど、その中で「そもそも何故弾いているの?」というものも意識していいのかもしれない。人間の感情にレベルとか、初級、上級もないだろうと思うし。

「ありがとう、今まで本当にありがとう!」

kaz




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