ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

音楽と人種 

 

日本に生まれ、日本で育った日本人からすると、西洋音楽と人種、そこから発生する差別、迫害といったようなことは、どこか遠くに感じられることがある。そして、それは当たり前のこととして捉えていたりする。日本の音楽界は、派閥とか流派のようなカテゴライズは強く残っているのかもしれないが、西洋音楽そのものに対しては、どこかフリーでいられる・・・

ユダヤ人ということに関しても、あまり「ああ、ユダヤ人」と意識することも少ないのではないだろうか?何と言うか、白人とか外人・・・とは捉えるが、ことさらユダヤ人・・・とは意識しないようなところがある。

もしかしたら、日本人の感覚が特殊なのかもしれない。それも当然のような気もする。かつてイスラエル・フィルがアンコールでワーグナーを演奏したらしいのだが、この時に演奏拒否をする団員がいたりして、結構話題となった。イスラエルのオーケストラなので、団員はユダヤ人なのであろう。ワーグナーという反ユダヤという動きに利用されたような作曲家の作品を演奏することに抵抗を感じた団員がいたとしても不思議ではないような気がする。音楽監督であるメータは、ユダヤ人のオーケストラがワーグナーを演奏するということで、ある意味「雪解け」とか「解放」を目指したのかもしれない。反ユダヤ音楽を演奏しないというのは、それもある意味偏見であろうと。音楽というものは、そのような人間の偏見を超えるものであるはずだと。

かつてHというユダヤ系ポーランド人とルームメイトだったことがある。祖国に幻滅し移民としてアメリカにやってきた。彼の父親はホロコーストの生き残りだった。親も親戚も全員惨殺されたが、Hの父親だけが生き残った。ドイツ語を完璧に操れたから生き残ったのではないかと、彼はHに言ったそうだが、Hがドイツ語を学ぶことだけは許さなかったそうだ。「これからの時代、ポーランド語だけでは仕様がないだろ?」と外国語を学ぶことを推奨する父親だったが、ドイツ語だけは許されなかった。Hは父親に隠れてドイツ語を学んだ。

「一家を皆殺しにしたドイツが憎い、ドイツ人を許さない」この想いを否定するのは、僕が日本人だからかもしれない。憎悪という感情とHの父親は戦後ずっと闘っていた。「もう戦争は終わったんだし・・・」とはとてもいかなかった。そんな父親をHは見て育った。彼の心の葛藤、苦しみを見ながら育った。

イスラエル・フィルの団員がワーグナーを演奏したくないという気持ち、これは、もしかしたら人間として持ってはいけない感情、越えなければならない感情なのかもしれないが、「それも偏見、それも差別でしょ?」と簡単には言えないような気もしてくる。

イスラエル・フィル、発足時はパレスチナ管弦楽団と呼ばれていた。当時、ユダヤ人迫害があり、ユダヤ人というだけで解雇された音楽家が集まって作られたオーケストラだ。発起人はポーランド人のヴァイオリニスト、ブロニスラフ・フーベルマン。この人は、あのヘンリク・シェリングを育てた人としても有名である。

そのフーベルマンの演奏。ポーランドの作曲家の作品を演奏しているので、そう感じるのだろうか、切なくなるほどの演奏に感じる。小学校の道徳の授業ではないのだ。期待される答えなどないのだ。人間には、ある種の心の葛藤、矛盾があり、だからこそ音楽、演奏というものが存在しているのでは・・・そのような気持ちにさえなってくる。

kaz




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