ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ガラミアン 

 

AさんはJ音楽院の前に佇んでいた。その日、マンハッタンは小雨が降っていたそうだ。当時のJ音楽院は噂どおり、大変にコンペティティヴな学校だったそうだ。今でもそうなのかもしれないが。

「なんであなたがガラミアンのクラスなの?」面と向かってそう言われることもあった。イヴァン・ガラミアン、とても有名な教授だったらしい。かなり長い間、Aさんはガラミアンのレッスンでは、曲を弾かせてもらえなかったらしい。ガラミアン教授考案の(?)教則本を、ひたすら学ぶ日々。音を出す度に、「それは違うな、こうだよ」と。

不思議と「音出しレッスン」に不満、不安は感じなかった。クラスの皆がAさんと同じようなレッスンだったらしいから。曲を弾ける機会は、レッスンではなく(?)マスタークラス。よくある公開レッスンのようなものだろうか?ガラミアン教授と門下生が集まり、感想を言い合う、批評し合うというもの。ガラミアンのマスタークラスでは厳粛な、神聖な空気が漂っていたらしいが、そこでは不思議とコンペティティヴな雰囲気は皆無だったようだ。誰が上手いとか、そのようなレベルを超えていたということだろうか?

ガラミアン門下生の間で、あるヴァイオリニストが、羨望、そして憧れを持って語られていた。マイケル・レビン。レビンの名前をガラミアン教授の前で出すことはタブーとされていた。ガラミアンの方から話題に出ることはあっても・・・

「私にはマイケルの欠点を見出すことはできなかった。いつも完璧だった・・・」とてもガラミアンが言うような言葉ではないように思えた。自分はガラミアンからしたら、欠点だらけだと思っていたから。どんな人だったのだろう?学校のライブラリーでマイケル・レビンの演奏を聴いた。

「このような演奏をする人は、何を習うのだろう???」正直Aさんはそう感じたそうだ。ガラミアン門下生として、そして天才少年として脚光を浴びたレビン。でもその活動は長くは続かなかった。

Aさんに訊いてみたことがある。「なぜレビンは弾けなくなってしまったんだろう?」と。

Aさんはこう言ったと思う。「少年時代にすべてを知ってしまったからだと思う・・・」

kaz




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