ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

メカニックとテクニック 

 

「テクニックとメカニックを混同してはいけない。それは鑑賞者としても大事なことだと思う」

このAさんの言葉は強く印象に残っている。「なにもそんなに興奮しなくても・・・」と感じたのを覚えているので、Aさんとしては強い口調だったのだと思う。たしか、日本の演奏家についての感想、評価をAさんはどう思うのかを訊いてみたかったのだと思う。「日本人の演奏はテクニックはあるけれど、音楽的な表現に難がある」みたいな?よく言われるようなことを、Aさん自身はどう感じているのかと。

Aさんは日本の音楽教育や音大とは無縁の人だ。しかしながら、ワールドワイドな活躍をしているような日本人演奏家以外の演奏、例えば日本人留学生の演奏、コンクールのコンテスタントの演奏にも詳しいのではないかと思ったのだ。そのあたりの演奏のAさんなりの感想を訊いてみたかったのだ。

返ってきたのは感想ではなく、ほぼ叱責に近いようなものだった。「混同するな」

テクニックとはメカニックを音楽的表現に結びつけるツールを言う・・・

そうだとすると、テクニックがあれば、その演奏は音楽的に聴こえているはずなのだ。テクニックはあるけれど、表現が不足しているというのは概念としてありえなくなる。

「それは言葉の使い方の些細な問題では?」と正直その時の僕は思ったのだが、でもどうなのだろう?ピアノ教師ブログでこのような文章があったとする。「発表会まであと一か月。テクニック的には弾けてきたけれど、あとは音楽的な表現ができるように指導していきたい」この先生は、少なくとも、テクニックと表現というものを、どこか切り離して捉えているような印象を持つ。この場合は、テクニックという言葉ではなく、メカニックという言葉を使うべきなのでは?「メカニック的には弾けてきたけれど、あとはテクニックを用いて音楽表現に結びつけるのが課題で、そこを指導していきたい」となるのでは?

一応弾けるんだけど、表現に結びつかない、この場合はメカニカルな問題も相当含んでいるように思える。そのあたりをテクニックと表現を切り離しているような先生だと、「歌って~」とか「感情をこめて~」で濁されてしまうのではないかという心配さえしてしまう。

「イスラメイ」はメカニカルな曲。「トロイメライ」は「イスラメイ」よりはメカニカルな曲ではないと思うけれど、「トロイメライ」はテクニカルな難題を含んだ曲でもあるのではないだろうか?表現が難しい曲とはよく言われるけれど、テクニック的に難しいのではないだろうか?テクニックとメカニック、これは結構重要な概念なのかもしれない。

フランチェスカッティのバッツィーニ、「妖精の踊り」

この演奏は「テクニックとは?」「メカニックとテクニック」「表現とメカニック、表現とテクニック」みたいなことを考える、いい判断材用になるような気がする。

「もっと歌って~」「もっと感情をこめて~」それで歌えたり、感情がこもるのならば、誰も悩まないさ・・・

難所が弾けない、「もっと練習して~」それで弾けるのならば誰も悩まないさ・・・

kaz




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