ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

聖なる作品 

 

僕が初めて小津映画に接したのはいつだっただろう?子どもの頃だったか、あるいは中学生ぐらいにはなっていたか?記憶は定かではないが、テレビで観た「東京物語」が初めての小津映画だったと思う。まだレンタルビデオなんて一般的ではなかった時代だったのは確かだ。

両親とも、特に小津映画ファンということもなかったと思うが、放送前から「これはいい映画だ、お前も観なさい」と半ば強制的に(?)テレビの前に座らせられたような気がする。正直、淡々と物語が進行していくだけ・・・という印象で、小津映画初体験は、子どもだった僕に鮮烈な印象を残したとは残念ながら言えない。

「伝記みたいだなぁ・・・」と思った。学校の図書室で借りてきて読んだ「りょうかんさま」とか「キュリー夫人」「モーツァルト」といった伝記を読んだ後の読後感と似ている・・・

「いい人」なのだ。子ども向けの伝記なので、主人公は「いい人」であるのだが、どの偉人も品行方正で立派であり、「自分とは違うなぁ・・・」などと思っていた。子どもなりに、子どもだからこそ、心の中の自分の「狡さ」のようなものは自覚していたし、それを「子どもらしさ」というもので隠していたようなところも自分にはあったので、伝記の人たちは「もとが違うんだぁ」と感じていた。たしかに子ども向けのモーツァルトの伝記に、スカトロ趣味なんて盛り込めないよなと思う。

「東京物語」の原節子が演ずる「紀子」という人物に似たような印象を持った。「いい人」なのだ。伝記の人みたいと。

僕の父の世代にとって、原節子という女優は偶像化していたような印象がある。マドンナ的存在であり、どこか聖なる憧れを持たれていたような?たしかに美しい女優だけれど、おそらく小津映画の「紀子三部作」によって、その聖なるイメージが確立されていったのではないだろうか?

「東京物語」は1953年の映画らしい。僕の母が娘時代だった頃だ。当時、日本の一般家庭で紀子のような話し言葉が普通であったとは思えない。紀子というキャラクターだけではないが、小津映画の登場人物の話し言葉というものが、ある種の「小津らしさ」みたいなものを作り出していて、それが違和感というか、現実にはないだろう・・・的な雰囲気をも醸し出していた。子どもだった僕にはそう感じたのだ。

紀子三部作の中で、この「東京物語」の紀子だけが、嫁入り前の娘役ではない。未亡人なのだ。たしか次男の嫁で、その次男、つまり紀子の夫は戦死している。亡くなってから8年が経過している・・・という設定だったと思う。

東京に住む実の子どもたちは親を、どこか邪険に扱う。「この忙しいのにお父さんたち、東京見物に来るんですって・・・」のように。子どもたちにも、それぞれの生活、人生があるのだ。尾道から出てきた老夫婦を歓待するのが、未亡人、つまり血のつながっていない「元嫁」である紀子なのだ。あくまでも聖なるいい人なのだ。

「あんたはいい人だ」「そんなことないんです」「いや、いい人だ」「私、狡いんです」「いや、あんたはいい人だ・・・」

紀子を偶像化し、聖なるマドンナとした男性、「今時こんな女性いないよな、原節子(紀子)・・・いいなぁ・・・」このような男性は、軟弱で時代遅れなのかもしれない。「まっ、言葉使いからして男尊女卑じゃない・・・」みたいなことを小津映画から感じる現代女性はいるのかもしれない。分からないけれど。妻だけが夫に丁寧な言葉を使うなんて・・・と。

たしか「彼岸花」だったと思う。あまりにも映画の中の古風な女性像に、ある人(忘れたが)が「今時の女性はこんなことしないわ」と小津監督に言ったのだそうだ。小津監督は、ただ一言「僕はそんな女は嫌いだ」

なぜ紀子は「私、狡いんです」と義理の父親(笠智衆です)に言ったのだろう?そしてワッと泣き出したのだろう?

誰にでもあり、そしてそれは他人には絶対に見せない心の中のドロドロとしたもの、それを小津監督は淡々と、気づかせないほどの淡々さで表現しているのかもしれない。人生も後半期になると、なんとなくそのことを感じるようになってくる。

この会話、1953年頃には普通だったのだろうか・・・この言葉使い・・・

紀子さん、いい人・・・なのだ。

kaz




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