ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

世界共通のもの 

 

小津映画は海外での評価も高いようだ。この動画の人のように、わざわざ北鎌倉まで訪れて墓参りをする人もいる。小津映画、小津ワールドの何が異国の人たちを惹きつけるのか?

日本的なるもの?日本的情緒?現代の日本が失ってしまった古風なる日本文化を感じるのか?たとえば「ゲイシャ」「フジヤマ」のような?

僕は小津映画が好きとは言えると思うが、全部の作品を観たわけではない。「喜八もの」なんて一本も観ていないし、いわゆる小津調というものが確立された「紀子三部作」あたりから最後の作品「秋刀魚の味」までしか観ていない。

古風、たしかにそう感じるところもある。言葉遣いとか。娘が父親に対して「お父さん、奥さんお貰いになるのね?」なんて言葉、今時ないだろうと思う。何か言われて「うん」ではなく「ええ」と答えたりとか。「ええ」は死語ではないだろうが、今時「ええ」なんて答えると、「なにカマトトぶってんの?」なんて思われるかもしれない。このあたりは古風・・・かもしれない。

着物?浦野理一の着物って日本人の僕から見ても「渋いな」と思う。現実には、あのような着物って珍しい。成人式とか、妙にデレデレした重苦しい着物ばかりだし、浴衣も今はデレデレしている。現実感という点ではおかしいのだ。登場人物が全員同じ趣味・・・などということは現実にはありえない。女性の洋装(男性の洋装は凝っていると思う)も、白い襟、白いソックス、無地のワンピース、当時としても古風すぎるのではないか?ほぼ小津映画の洋装女性は「無地の女」なのだ。たまに格子柄になったりはするが、現実にはありえない。そもそも小津監督は洋物(カーテンとか)にはチェック、和物(湯吞み茶碗とか)には縦縞のような法則、美意識さえあるのではないか?

もしかしたら、日本的な独自のものに異国の人は惹かれるのではなく、人種や文化に関係なく、共通したものに惹かれるのではないか?なんとなくそう思う。表面上は、いかにも古風な日本、でもそこには悲しい風格さえ漂う。それは世界共通のもの・・・

kaz




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