ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

赤いヤカン式譜読み 

 

楽譜を読むって難しい。行為そのものもだが、概念が難しい。印刷された音符類を、ただ鍵盤に移して音にしていく、つまり「ドとソね、これは二拍伸ばして、ここは休符だからお休みして・・・」のようなことだけをツラツラ続けていっても音並びはできてくるけれど、曲にはならない。この部分での落ちというものは、よく「音楽性」のようなものの欠如として語られる。あたかも機械的な読譜を完了させてから、アッハーン、ウッフーンと曖昧なる音楽性というものを吹き込むというか、上書きするかのような?それが足りないからいけないのだと。

ただ音符を並べてはいけません、このことはピアノのレッスンでも指摘されることでもあり、自分でもなんとなく自覚はしている場合が多い。そこで走ってしまうのが、「アナリーゼ」というもの。楽譜にビッチリと和音記号とか、形式、主題がどうとか、書き込む。これは例えば、隠された対旋律のようなものを拾うという意味では重要だと思うし、ただの音の羅列ではなく、曲を大きく捉えるという意味で、練習の出発点ともなるようなものとも思う。では表面的なアナリーゼだけをすれば音楽的に演奏できるのか?

「楽理の本、和声の本、勉強したよ、全部調べたよ?でも音楽的というか、聴いている人の心を捉える演奏はできない」と悩んでいる人も多そうだ。

音符連なりのエネルギー、意味のようなものを感じるということなのかもしれない。ド~ラであれば、ド~ミよりもエネルギーはあるはずだし、長い音符は長いという意味があるはずだ。同じ音、音型が連続しているのであれば、エネルギーをそこで変化させず、持続するとか・・・そのようなこと。

でも、これって本からというよりは、感じることが大切のような?音符を楽譜として読むことに慣れるというか?

昔から小津映画は観ていた。でも今一つ、その魅力が分からなかった。ストーリーそのものは平々凡々としたものだ。娘を嫁に出す・・・とか、そのような話。我々凡人の方が、小津映画の登場人物、ワンシーンよりもドラマティックなのではないかとさえ思う。「どうして世界の小津・・・なのだろう?」そこのところが分からなかった。表面的に観ると、そこには何もないというか?

「もしかしたらこれは・・・」と初めて感じたのが、「彼岸花」という映画。この映画は小津映画初の総天然色、つまりカラーの映画ということになる。ここで色、特に小津監督がこだわったとされる赤い色に気づいたのだ。

赤いヤカンは無造作に畳の上に置かれている。ヤカンは台所のコンロの上にあるのが普通だ。でも赤いヤカンに物凄くインパクトを感じたのだ。洋室のカーテンは格子柄で統一されていたり、和物は縦の縞模様だったり。どの映画でもそうなのだ。そのような細部のこだわり、美意識に気づいた。

女性が着ている着物、これも統一されている。帯は必ず無地だ。すべて浦野理一という人の着物らしい。お花とか蝶々のような柄ではなく、いつも幾何学的な美を感じさせる。どの登場人物も同じような着物を着ている。現実にはありえない。でも統一感、小津の世界が広がっていく。

この動画は「彼岸花」のワンシーン。本当に日常的な一コマだ。夫婦の言い争い。言い争いとまでいかないような小さな出来事だ。まず赤いヤカンが登場している。凄くヤカンの色のインパクトを感じる。背景はすっきりしている(浦野理一の着物も含めて)。典型的なスッキリとした日本間だ。でもチラリチラリと色が見える。

「言いたいことがあったら言えばいいじゃないか?」夫の言葉に妻は夫の背広をポンと投げ、座りなおす。それまでは横向きに近いアングルで妻は座っていたのだが、ここで正面を向く。ここで浦野理一の無地の帯の色、緑が強調されるのだ。背景には妻の持ち物であろう化粧水が。それまでもこの化粧水の瓶は映っていたのだが、ここで帯と化粧水の緑が同化し、「妻」というものを存在づけるのだ。凄い・・・と思う。

言い争いのやや重い空気の中、娘が帰宅する。当時としても古風すぎるような洋装だが、赤いバックを持っている。若いから、その赤いバックを振り回したりするのだ。そこに赤いヤカン。動かないヤカンは夫婦そのもの、安定そのもの、動くバックは若さ・・・ではないだろうか?

典型的な日本間、平凡な日本間に見えるけれど、障子の欄間というのも珍しいのではないか?電燈の笠とデザイン的な一致があるのでは?これは赤という色、縦じまの小物、浦野理一の着物と同じく、小津監督の美意識であり、表面的にサッと見ると、そこまでは気づかない。表面的には小津映画は平凡なシーンの連続なのだ。

楽譜を読むということも、同じようなことなのではないか?表面的にだと、気づかないような美意識を感じ取れるようにしていく・・・

赤いヤカンの効果のように・・・

kaz




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コメント

 

細部のこだわりと全体のバランス

すばらしい!!

一部分にせよ、小津映画を見たのは初めてです。よいものを教えていただきありがとうございます。

そして、それと譜読みをからめて語られたところも秀逸です。目鱗でした。「とりあえず」音を並べてから次のことを考えようとついしちゃうのでドキッとしました。

映画を鑑賞するなら、これは赤いやかんがスゴイのだ、と読み解かなくても別に効果として感じれば楽しめるのですが、譜読みするとしたら赤いやかんの持つ効果を考えたうえで表現するということでしょうか。でもできあがった「絵」を見ないと感じることがしにくい(素人だから)。そうすると「とりあえず」音を並べてからにしよっか、、ってなっちゃう。

アンダンテ #ro/U2wBQ | URL | 2017/08/16 21:31 | edit

アンダンテさま

まず音が弾けるように、並べてから・・・というのは、映画鑑賞だと、まずはストーリー展開を追うということと似ているのかと思います。

赤いヤカンのような「色の効果」やグラフィックデザイン的なこだわり、あとは小津映画のこだわりとしては「ローアングル」とか・・・

このような細かなところに劇的なものを感じる、これがド~ソとド~ミの違いとか、長い音符の意味などを感じながら譜読みをしていくことと似ているのかなと思います。

細部の美意識を感じるというのでしょうか???

kaz #- | URL | 2017/08/16 21:53 | edit

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