ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

モーツァルトとダンス 

 

事故死の場合、いつ死ぬかということを予想して生活していたわけではないはずなので、事故死した演奏者の演奏から「死の予感」のようなものを察知するようなことは普通はないのだろう。

そもそも、演奏というものを聴く場合、演奏者の、いわばプライベートな出来事を含んで聴くということはどうなのだろう?純粋に音楽そのものを聴くべきではないか?

そうは言っても、聴いている人も人間。機械ではない。様々な感情を持ち、音楽を聴く時には、その感情に触れることもあるだろう。演奏者についての情報が演奏そのものの印象に何らかの影響を及ぼすということは皆無とは言えないような気もする。

デニス・ブレインは自動車事故により亡くなっている。事故死ということになる。亡くなる瞬間まで「自分は死ぬのだ」ということは感じていなかったと思う。彼の演奏から死の予感のようなものを感じとることは難しいはずだ。

モーツァルトのホルン協奏曲。なんとマイルドな演奏なのだろうと思う。このようなモーツァルトを聴くと、悲壮感の漂う曲ではないだけに、余計にモーツァルト自身も若くして亡くなったんだなということと結びつけて聴いてしまう。このような感じ方は邪道なのだろう。演奏そのもの、楽曲そのものを感じるべき・・・

そうなのだろうが、この演奏から、ある光景を切り離して聴いてみるのは難しい。ある光景が浮かんでくる。二人は同じような年齢で亡くなっている。二人は今、雲の上でダンスをしているのではないかと・・・

kaz




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