ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

「シッ!静かにしなさいっ!」 

 

「静かにしなさい!」子どもの頃、ピアノの発表会でよく客席で聞かれた言葉だ。とにかく沢山の子どもがいた。生徒としては数分の出番、あとは延々と聴いていなくてはならず、まあ、飽きてしまうわけです。なので大人たちは「静かにしなさい!」・・・

今は生徒も厳選(?)されているのか、昭和40年代のような客席監視係を保護者に頼むような発表会はないのだろうが、僕などでも演奏内容によっては静かに聴いているのが苦痛に思えてきたリはする。お尻も痛くなるしね。

クラシックの演奏会って、どこか窮屈な感じがしないでもない。咳もできない。音楽を聴くわけだから、客席の音というものは厳禁なのだろうが、楽章の合間に皆が競うように咳をするというのも、なんだか痛々しいというか。総立ちで歓声・・・というのはアイドルのコンサートではないのだから無理だとしても、もうちょっと固い空気はなんとかならないものか?

日本人は奥ゆかしい、特に西洋音楽、それもクラシック音楽ともなると、自分たちには歴史も伝統もないという劣等感からか、拍手なども控えめというか、行儀がいいというか?客席から立って拍手をする、つまりスタンディングオベーションというものも、なかなか日本のクラシックの演奏会ではお目にかかれない。誰かが立ってしまえば後に続くのかもしれないが・・・

一時、歌舞伎にハマったことがある。歌舞伎座には一幕見席というものがある。歌舞伎は全幕だと長いので(お高いので?)、一幕だけ観られるという席。立ち見席が多く、料金も1500円ぐらいと意外とお安い。パンフレットに、あらすじが書いてあるので、それを参考に気軽に鑑賞できる。

「ああ、なんて艶やかなんだろう!」幕が開くとそう感じる。そして舞台と客席とに一体感が存在している。絶妙な間で客席から掛け声なんかあったりして。この空気感、イタリアの歌劇場、それも田舎の(?)歌劇場などでも感じられる。「えっ、オペラ?クラシック?」という「静かにモード」ではなく、うるさいぐらいに一体感満載だったりする。主役の歌手などが登場すると、「待ってました」(と思われるイタリア語の)掛け声がかかったりして。高尚な、咳もできないクラシックの演奏会という感じとは印象が随分と異なる。

ピアノの独奏となると、日本と西欧で、そう変わりはしないと思う。でも拍手が違うかなぁ?熱のこもり具合?日本人は行儀がいいから、退屈と感じた演奏でも一応拍手は礼儀としてするけれど、西欧ではパラパラ見事だけどそれだけ・・・的な演奏には非常にオーディエンスは厳しいところがあって、休憩に客席が半分になってしまったりもする。厳しい、熱いけれど厳しい・・・

「自分たちは楽しみにきたのだ。演奏者の力量判断に来たのではない!楽しませろよ?少なくとも何かを感じさせろよ?」という厳しいものがあるような?

バレエ、日本でも鑑賞したことがあるけれど、ABTの会員だったこともあり、アメリカ滞在中にはバレエは実際に劇場で鑑賞したことが多い。日本との違いは、客席が、やたら(?)熱っぽいこと。歓声があがるのだ。派手な技が決まったりすると「ウワーッ」とか、音楽に合わせて手拍子があったりとか。

文化、歴史の違い、そうなのかもしれない。そうなのだろう。

「クラシックって敷居が高くて。あのような高尚なものは自分などには理解できない」

多くの日本人、日頃クラシック音楽とは縁のない日本人は単純統計(?)だと人口の97パーセントらしいけれど、そのような人たちはよくそう言う。「分からない・・・」と。

このあたりと、客席の温度というものは、何か関係はあるように思う。

オーディエンスは楽しみたくて会場に来ている。何かを感じたいとか共有したいという期待をこめて来る。演奏者はどうだろう?それまでの研鑽の成果とか、そのようなことばかりを考えていないだろうか?舞台と客席で目的の相違というものがないだろうか?

ワシーリエフとヴァルデスとの「ドン・キホーテ」・・・オーディエンスは彼らの踊りを楽しみにチケットを購入したと思う。それぞれの技の完成度、難易度を「あれはスケートだったらレベル4かしら?」とか「加点いくつかしら?」のようなものを判断しに来ているわけではないだろう。

場所はニューヨーク。ニューヨーカーは熱くて厳しいと思う。

kaz




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